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コラム2015年11月「秋の夜長に心の名作(14) STARTING OVER」
今年は30周年をテーマにやっておりますが、最後にご紹介するのは1985年にデビューした日本のバンドです。30年が経過しても未だに根強いファンを持つ彼らの魅力はどこにあるのか。少なからず僕の人生を豊かなものにしてくれたその音楽世界を、経歴とともに振り返っていきたいと思います。
そう、その名は『いんぐりさん』。もちろんこれは愛称ですが、そこには前島正義・永島浩之という二つの才能がありました。
●いんぐりもんぐり (1985~1990)
HOT WAVE FESTIVALをご存知だろうか。高校生が出場・企画・運営するライブイベントで、通称「音楽の甲子園」。1985年、当時現役高校3年生だった彼ら。前島が永島に声をかけたことがきっかけで同級生六人でバンド『いんぐりもんぐり』を結成しそのイベントに出場した。一夏の思い出のつもりだったのが見事グランプリ獲得となり、そのままデビューとなったのである。
かくして男性ツインボーカルという少し珍しいスタイルのバンドは、五年間音楽業界を駆け抜けやがて武道館まで辿り付くのである。
(福場的解説)
デビュー曲の彼らは男ながらにセーラー服姿で踊るという、まさに絵に描いたような企画モノであったことは否めない。演奏技術もまあ普通の高校生だったわけだから当然まだまだ未熟。しかしそんな彼らが有象無象の一発屋たちと一線を隔せたのは、ソングライティング能力に長けていたことがあるだろう。特にデビュー当時から多くの曲の作詞曲を手掛けバンドの世界観を作り上げた永島氏の才能は秀でている。フォークソングの影響を強く受けた彼が作るメロディはキャッチでとても親しみやすく、横浜界隈をモチーフにした歌詞はとても情感に満ちている。加えて数々のおバカソングも緻密な計算と巧みな比ゆが盛り込まれ、面白いだけでなく感心させられる域に達している。まずはこの素人離れしたソングライティング能力がいんぐりもんぐりにはあった。
またこのバンドがプロとして成立したもう一つの要因はやはり前島氏の歌唱力にある。デビュー当時のバンドとしての演奏力はまだまだつたないものだったが、前島氏のボーカルだけは秀でている。とても18歳の歌声とは思えない、まさに天性の喉の持ち主と言えよう。洋楽ロックに影響を受ける彼の歌はかっこいいがけして嫌味はなく、どんなメッセージも本気すぎず適当すぎず歌い上げてしまう。まさにおバカソングと感動ソングが共存するこのバンドに相応しいボーカリストである。
やがて前島氏の作る曲も増えていき、キャッチだが一筋縄ではいかないそのメロディは永島氏とはまた一味違う彩りをライブやアルバムに与えていく。そしてバンド全体の演奏技術も向上し、武道館アーティストとして恥ずかしくない存在にまでなるのである。
特に最終シングル「夕焼けの丘」は詞・曲・演奏そして歌唱ともに文句なしの名曲。ベストアルバム「Uchidome」とともにお勧めの一品だ。
●しおこんぶ → イングリーズ (1990~1995)
いんぐりもんぐり解散と前後して、前島・永島は二人組みユニット『しおこんぶ(後にイングリーズと改名)』として活動を開始する。一時はタレント活動も積極的に行なった彼らだが最終的には音楽中心となり、解散までの五年間を駆け抜けた。
(福場的解説)
バンドメンバーがいなくなり、多くの不安や迷いがあったと思われるが彼らはフォークギターを手に再び歩き出す。その心情は最初のシングルに収録された「NEW SONG」に描かれている。ギターをバックに二人ともがメインボーカルで交互に歌い沸け、「新しい歌を口ずさみ心の底から笑いたい」とメッセージするこの曲はまさにイングリーズのテーマソングといったところだ。
この時代は前島氏・永島氏両方の才能が完全に開花し、楽曲は平均してクオリティが高い。前島氏作詞曲の「抱きしめたい」、永島氏作詞曲の「1000ピースのジグソーパズル」「笑おう!」などその後もファンに愛され続ける名曲が誕生したのもこの時代。それらを収録したアルバム「STARTING OVER」は福場の人生の愛聴盤10枚に入る傑作。このアルバムはそれぞれのソロボーカル曲、デュエット曲、それぞれの作詞曲した楽曲に加え、永島氏が作詞で前島氏が作曲という共作まで収録され非常にバランスがよい。バラードからロック、相変わらずのおバカソングから感動ソングまで内容も多彩でまさにいんぐりさんワールドを堪能できる一枚だ。一度CDを再生したら必ず最後まで聴いてしまう、これぞ至極のJポップアルバム。
●ジ・イングリーズ → フーリューズ (1995~2000)
デビュー10年を節目に一度解散した彼らはファンの声に押される形ですぐに『ジ・イングリーズ』として活動を再開する。しかし事務所も変わりサポートメンバーもいなくなり本当に二人になった彼らは、自分たちだけでできる音楽を探し続ける。そこでついにいんぐりの名を捨て、『フーリューズ』としてダンスミュージックユニットに転身した。しかし最終的にはまたダンスサウンドからフォークギターに戻り、ついに15年に及ぶコンビを解消するのである。
(福場的解説)
福場が彼らを知ったのは実はこの頃。当時大好きだったラジオにジ・イングリーズになったばかりの彼らが登場し、イングリーズ時代の最終シングル「明日もここにいる」が紹介されたのだ。それが好印象でその後過去アルバムなども集めるようになった。そしてジ・イングリーズのライブビデオを購入し衝撃を受けた。バックバンドもなく本当に二人だけでステージに立ってギター伴奏のみで歌うその姿はすごいエネルギーに満ちていたからだ。歌うことが楽しい、歌えることが嬉しいという気持ちが伝わってきた。当時中学生で音楽を始めたばかりの自分は、ギターと歌だけでこれだけ表現できるということを見せ付けられたのだ。
フーリューズに改名してからの彼らは、正直迷いの中だったのだと思う。ようやく見つけたダンスミュージックというジャンルは確かに斬新でその最初のアルバム「ちゃんとしようよ!」も楽しいものだった。しかし前島氏の歌唱力や永島氏のソングライティング能力が活かされているとは言い難く、長年やっていくには苦しい方向だった。そして彼らは結果的にまたギターを手に歌うというスタイルに戻ってくる。フーリューズは成功したとは言えない。でもけして無駄ではない。全く別の音楽を生み出せたのはやはり才能と実力があるからできたことだし、回り道をして自分たちの音楽を確信したのだから。2000年に行なわれた最後のライブはいんぐりもんぐり時代やイングリーズ時代の楽曲が盛りだくさんだった。当時大学生になっていた自分はその映像を見ながら心から「ありがとう」と思った。
そんなこんなでいんぐりさんの歴史、いかがだったでしょうか。どうして愛称のいんぐりさんで紹介したのかおわかりかな?彼らはやたらに解散し復活するので名前がたくさんあるからです。しかし何度改名してもやっぱり気になる、やっぱり大好きな二人です。
21世紀に入り、彼らはそれぞれソロ活動を開始しました。事務所もレコード会社もなく、本当に情熱だけで行なわれている音楽活動です。2005年には永島氏の20周年ライブが渋谷であり、当時国家試験浪人中だった自分は友人と観に行ったものです。
そしてまだまだ歴史は終わらない。2014年、なんとイングリーズとして二人で歌う彼らの姿がありました。そして2015年には15年ぶりにイングリーズとしてワンマンライブ決行、そこには待ってましたと多くのファンが集結するのだからやっぱりすごい。さっそく僕もそのライブDVDを購入して観賞したのがつい先日の話。
またまた二人だけのステージ、ギターだけの伴奏でしたがそのエネルギーは健在。永島氏の楽しいトークはもちろん、2004年以降ソロ活動も停止していた前島氏の歌唱力が全く落ちていないことに感動しました。息もハモリも相変わらずピッタリ、おバカソングから感動ソングまで本当に心を豊かにしてくれるライブです。最近は当直の時に必ずこのDVDを流している僕です。
得意技の違う二人、才能の違う二人、だからこその最強コンビ。また解散したり復活したりするのかもしれないけど、いつまでも応援していきたいと思います。いずれまたいんぐりさんとしての新作CDが出る日を楽しみにしておりますぜ。
というわけで2015年は30周年に思いをはせる秋でした。秋の夜長に心の名作をご紹介するこの企画、全20回で簡潔予定なので、残すはあと6作品です。
(文:福場将太)