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コラム2012年11月『秋の夜長に心の名作(4) のび太の大魔境』
今でこそテレビアニメの映画化は珍しくもありませんが、その草分け的作品はやはりドラえもんではないでしょうか。1話完結の短編作品であったドラえもんを「大長編ドラえもん」として拡大させた原作、それを映画化してしかもシリーズとして毎年公開するに至った藤子F先生とスタッフのみなさんの尽力は計り知れません。映画ドラえもんは今や春の恒例としてすっかり定着、毎年楽しみにしている人も多いでしょう。私にとっても映画ドラえもんは心の拠り所で、何度も何度もビデオが擦り切れるまで観ていました。ちょうど第1作「のび太の恐竜」が公開された1980年生まれなこともあり、人生は映画ドラえもんとともに歩いてきたようにさえ感じてしまいます。
正直初期10作品はどれも神がかり的な完成度で、どれも思い入れがあって優劣をつけられないのですが、今回はその中でも一番心に残っている第3作「のび太の大魔境」をご紹介しましょう。みなさんもこの秋にあの懐かしい感動を味わってみては?
■ストーリー
春休み、「冒険がしたいから魔境を見つけて来い」とジャイアン・スネ夫に言われてのび太とドラえもんは魔境を探すことになる。またそんな時、野比家ではひょんなことから野良犬ペコを飼うことになった。秘密道具の人工衛星から送られてくる写真でアフリカ奥地に謎の「犬の巨神像」を見つけたのび太は、いつものメンバーにペコを加えて冒険に乗り出した。ハラハラドキドキしたい、最初はそんな遊び気分でジャングルを歩くのび太たちであったが、どこでもドアを失い本当に前に進むしかない命懸けの旅になってしまう。時として謎の力に助けられながらのび太たちは困難を乗り越えていく。そして辿り着いたのは・・・人類とは違う進化を遂げた犬の王国であった。その王国の危機を救うため、のび太たちの戦いが始まった!
■福場的解説
私はこの作品こそ、「ドラえもんが本当に映画になった」作品だと思います。テレビアニメと異なり、ただ時間が長いというだけでなく内容として映画になった・・・そんなふうに感じます。その視点で考察してみましょう。
理由の1つは、登場人物たちの普段見えない人間性をはっきり描いたということでしょう。テレビアニメにおいては、弱虫なのび太、かわいいしずかちゃん、イヤミなスネ夫、乱暴者のジャイアンという設定だけで十分ストーリーは展開・完結するため、本来多面体である「人間性」というものがそれほど掘り下げられることはありませんでした。しかし映画ドラえもんにおいて少しずつそれらが描かれるようになり、本作で開花したように思います。これは非常に難しい力加減だったでしょう。やり過ぎてしまうと「こんなのドラえもんじゃない!」という批判を浴びかねませんし、作品の世界観が変わってしまいます。あまりに人間的に描いてしまうと、「じゃあ普段のアニメでのあのバカな姿は何なんだ」となってコメディが楽しめなくなってしまいます。しかしこの難しい力加減を見事に成功させ、本作は「ただのテレビの拡大版」ではなく「映画」になったのです。
本作が映画と呼べる2つ目の理由は5人全員を描き切ったというところでしょう。今でこそこの5人が最高の仲間であることは誰もが知っていますが、「ドラえもん」の連載が始まった当初からそれが明確に設定されていたわけではありません。他の登場人物だっていたわけですし、この5人がドラえもんの主役、と紹介されていたわけでもありません。映画においても前2作はのび太・ドラえもんがメインに描かれている印象が強いです。しかし本作においてはしずか・スネ夫・ジャイアンにも見せ場があり、ただの冒険の同伴者ではなくなっています。その意味でも「映画ドラえもんではこの5人が活躍する」という基盤が固まった作品だと思います。
そして、以上2つの理由を象徴している存在が心の友・ジャイアンでしょう。よく「映画のジャイアンはいいヤツ」なんて言葉を聞きますがそれもまさに本作からはっきり描かれています。本作の主役は間違いなくジャイアンです。冒頭も彼のセリフから始まり、今まで描かれなかった彼の人間性がいくつも描かれています。いつも通り自分勝手で気分屋のジャイアンに始まり、みんなを窮地に追い込んでしまった責任を感じ苛立ったりいじけたりこっそり涙を流したり・・・「ジャイアンが自分でみんなから距離を置く」なんてテレビアニメでは絶対見せなかった姿でしょう。そしてあの名シーンでの行動・・・まさかドラえもんで感動するなんて、と公開当時のお客さんは思ったかもしれませんね。本作を皮切りに、次作以降もしずかやスネ夫の人間性が描かれていくことになるのです。
そんなこんなで本作の魅力を語ってきましたが、もちろんストーリーや設定の見事さは言うまでもなくすごいものです。「アフリカの奥地に犬の王国がある」なんて誰が思いつくでしょう。しかもそこに到着して終わりではなくそこから解かれる王国の謎、あっと驚くラストの大逆転など盛りだくさん。映画ドラえもんで毎回感心させられるのは、冒険の舞台への導きがスムーズであるということ。いつもの空き地から始まって1時間後には命懸けの冒険をしてるわけですが、そこまでの展開に無理がないのです。本作においても最初は秘密道具を使いながらの楽しいジャングル探険、いつしかそれが本当の冒険になり、最後は王国のために戦う・・・と繋がってこちらも引き込まれてしまいます。
それに近所の野良犬が実は犬の王国から流れ着いた王子様なんて・・・とても素敵な発想じゃないですか。不思議世界の入り口は私たちの身近なところにある・・・藤子F先生、たくさんの夢を本当にありがとうございました。30年経過しても全く色褪せておりません。
■好きなシーン
圧倒的な兵力でのび太たちを追い込む敵の軍隊・・・王子はこれ以上巻き込むわけにはいかないから逃げてくれと言い残し1人爆弾の降る森に消えていく。立ちすくむのび太たちだったが、ジャイアンが「ペコだけじゃダメだ。俺も行くぜ!お前ら早く逃げろ」とみんなの制止も聞かず王子を追っていく。さらに強くなる爆撃・・・無言でうなずき合い後を追うのび太とドラえもん、その2人を見守りながら後を追うしずか、そして最後まで勇気が出ずその場にうずくまるスネ夫・・・。どうしてついて来たんだとケンカになるが、気がつけばそこにはまた全員が集合していた。
シリーズの中でも一番好きなシーンです。子供心に感動しすぎて眠れなくなったのを憶えています。このシーンには5人の関係性が凝縮して描かれていると思います。わがままだけど一番仲間想いで勇気のあるジャイアン、2人でなら勇気が出るのび太とドラえもん、一番みんなのことを見ているしずか、一番臆病者だけどやっぱりみんなの仲間でいたいスネ夫・・・。そしてここには強い人間は1人もいない。1人1人は弱虫、でもみんなでなら勇気が出る・・・まさにこのシーンで流れる主題歌「だからみんなで」に歌われていることだと思います。しかもこのシーン、主題歌と爆音だけのサイレントムービーとなっておりセリフは聞こえません。素晴らしい演出です。まさに映画です。みんながついてきてくれたのを知り涙を浮かべるジャイアン・・・君は嫌われ者なんかじゃない、一番頼もしいみんなの仲間だよ!
■私への影響
映画ドラえもんの魅力と言えばその主題歌。毎回作品のテーマに合わせて書き下ろされた、この映画のためだけの曲。映画以外では聴くことも出来ないため、子供の頃は何度も自分で歌っていました。初めてCD化されフルサイズ聴いた時は泣いちゃいましたね。今でも弱虫になる時は「だからみんなで」を口ずさみます。やっぱり主題歌ってのはこうじゃなくっちゃね。
■好きなセリフ
「タケシくんはあの人なりにずっと責任を感じ続けてたのよ。それで男らしくああやって・・・」源静香
(文:福場将太)