コラム

コラム2017年11月「秋の夜長に心の名作⑳ 刑事コロンボ」

 何度も人生を支えてくれた心の名作をご紹介するこのコーナーもいよいよ最終回。いや、「ご紹介する」なんて言い方はダメですね。ただ大好きなだけ、だから書く。
 最終回はこの作品にしようと決めていました。今から40年前に誕生した傑作ミステリドラマ、『刑事コロンボ』です。

■概要
 犯人は毎回各界の著名人や有力者でその英知や技能を活かした完全犯罪を計画する。事件捜査に現れるのがロス市警のコロンボ警部なのだが、その容姿はモジャモジャ頭にヨレヨレのレインコートでその言動もいかにも愚鈍。当初余裕の対応をする犯人なのだが次第にコロンボ警部にリズムを狂わされ、完璧に思われた犯罪計画も揺らいでいく。さあ犯人の見落としはどこにあったのか?コロンボ警部はどんな作戦で犯人を追いつめるのか?そんな対決を描いた一話完結のドラマシリーズ!

■福場的解説
 数多いミステリ作品の中で、本作が何故世界中から愛される名作となったのか。そこには大きく二つの要因があると思います。

●倒叙ミステリの追究
 本作のように最初から犯人を明らかにしてその犯行手口を描き、探偵がいかにして犯人を追い詰めるかを楽しむミステリを倒叙形式と呼びます。まず事件だけを描いて捜査をしながら謎を解いていく通常の形式とは構造が逆さまなわけです。本作はとことん倒叙形式にこだわり、その魅力や可能性をたくさん示してくれました。
 僕も倒叙形式を初めて知った時は「最初から犯人がわかっていて一体何が面白いんだ」というのが正直な感想でした。探偵による犯人の指摘こそ醍醐味であり、その意外性を楽しむのがミステリだと思っていたからです。しかしこれは大きな誤りでした。倒叙形式には実はミステリの魅力が満載。度肝を抜かれる意外性もいくつもあって、実際本作にも「まさかこんな所に証拠があったなんて」「こんな方法で犯人を落とすなんて」という心地良い驚愕が何度もありました。
 さらに倒叙は通常の形式よりドラマ性が高まるのも魅力。登場人物全員が容疑者になってしまう通常形式と異なり、視聴者は犯人の気持ちや関係者の気持ちを最初から自然に感じとることができます。痛い所を突かれて取り繕う犯人の焦り、愛情と疑惑に揺れる家族の葛藤、一歩離れた位置から事件を俯瞰する関係者の心情など、倒叙形式では多くの登場人物が引き立ちます。つまりミステリという枠を意識しなくても一つの人間ドラマとして観賞できるのもこの形式の魅力なのです。

 そして倒叙形式の一番の魅力はなんといっても名犯人と名探偵の対決です。追われる者と追う者、隠す者と暴く者、騙す者と解く者、ぶつかったりかわしたりのかけひきと攻防、頭脳戦に心理戦、その緊迫感は犯人が最後まで明かされない通常形式では味わえません。
 本作が見事だったのは対決の魅力だけに終始しなかったことでしょう。シリーズ初期は頭の切れる憎々しい犯人が多かったですが次第に全く異なる犯人像も登場。弱い犯人、優しい犯人、純粋な犯人、美しい犯人、儚い犯人…、コロンボ警部と犯人の関係は対決だけではなく、時としてそこには友情や信頼、尊敬さえ交わされました。

 もちろん本作はミステリとしての追究も忘れません。倒叙形式は守りながらも様々なパターンの仕掛けを生み出しています。犯行の真の動機を謎にしたり、舞台を科学捜査の使えない船上にしたり、犯人を権力に守られて手の出せない相手にしたり、中には倒叙でありながら犯人当ても同時に成立させた奇作まであります。自ら上げたハードルを自ら越えていくスタッフの意気込みに思わず感服です。

 このように、倒叙という形式美の中で多様なドラマ・多様なミステリを生み出したこと、一度見つけた勝ちパターンに落ち着かず挑戦を続けていったことが、本作が69話もありながらも僕たちを飽きさせず惹きつけ続けた要因なのだと思います。

●コロンボ警部という名探偵
 そしてもう一つの要因は、何と言ってもコロンボ警部という名探偵を生み出したこと。古典的名作から昨今の2時間サスペンスまで、名探偵はたくさんいますが世界に名を残した者は一握りです。何故コロンボ警部はたくさんの人に愛されたのか?実際僕も大好きなわけですが、今回コラムを書くに当たって改めて全話見返しながらそのことを一番考えてみました。
 ホームズのような神がかった天才ではなく、ポワロのように誇り高き男でもなく、かといって金田一耕助ほど自由人でもない。
 風変わりだけど常識人、一匹狼だけど組織人、抜けてるようで頭が切れ、優しいようで時に厳しく、さえないけれどかっこいい…コロンボ警部とはそんな存在なのです。
 実は子供の頃はコロンボ警部という人間が怖かったです。間抜けや道化を演じているけれどその裏で犯人を冷静に見定め、お人好しやおっちょこちょいも全ては話を引き出すための芝居…だとしたらこの人の本心は一体どこにあるんだろうと。作中でコロンボ警部が生い立ちやプライベートを語るシーンのほとんどが犯人を煙に撒くための嘘です。もしかしたらこの人は誰も信じていない、誰一人愛していないのではないかとぞっとしたものです。

 でも今回改めて観賞して感じました。やっぱりお人好しやおっちょこちょいこそがこの人の正体なんだろうなと。笑顔の裏には確かに冷徹さが隠されている、でもさらにその裏には人間愛に溢れた優しい笑顔があるんだろうなと。裏の裏はやっぱり表。ふとした瞬間に垣間見せる人間らしさ、言動に滲み出る人間愛…それこそがコロンボ警部が愛される一番の魅力なのでしょう。
 人間を見定める仕事では確かに情に流されない冷徹さが必須。でもその根底には無償の人間愛が不可欠。僕たち心の医療者もきっとそう。精神科医の笑顔には多分に計算が含まれている。でも笑顔の裏に冷徹さを秘めていてもそのまた裏はやっぱり笑顔でなくてはいけません。刑事の仕事が大好きだというコロンボ警部は、きっと誰よりも人間愛に溢れた名探偵なのです。「死者のメッセージ」という話では犯罪について講演するシーンがあるのですが、そこで語った犯罪者への思いはコロンボ警部の本心だったんじゃないかと僕は思っています。

 コロンボ警部のもう一つの魅力は努力家であること。非凡な推理力を発揮するコロンボ警部ですがけして全知全能ではありません。事件を解くために必要なことは勉強し、わからないことは専門家に尋ねます。運動はからっきしで体力仕事は他の人に任せます。才能に恵まれたわけではない凡人だからこそ努力を続ける、その根性が生まれつきの天才の鼻っ柱をへし折る…コロンボ警部はそんな等身大の名探偵。
 もしかしたらこのひたむきさは演じたピーター・フォークさんにも通ずるのかもしれません。彼は幼少時の病気のせいで役者の命でもある目の片方が義眼です。しかしそのハンディキャップをものともせず、逆に魅力に変えてしまうエネルギー。同様の障害を持つ者としておおいに尊敬しております。
 最高傑作と名高い「別れのワイン」でコロンボ警部は犯人を理解するためにワインについて勉強します。この事件の犯人は証拠を掴まれたからではなく、そこまで努力してくれ自分を理解してくれたコロンボ警部に尊敬と感謝を抱いて罪を認めるのです。また「殺しの序曲」の中では、天才ゆえに孤独だったという犯人にコロンボ警部は凡人の自分がどのようにして刑事の仕事をものにしたかを語ります。ほとんどの人間は天才でも英雄でもありません。そんな僕たちにコロンボ警部は「みんな独りぼっちじゃない」「頑張れば君だってやれる」と示してくれているように思います。

 あと今回興味深く感じたのはコロンボ警部の推理法について。それは時として非常に論理的であり、また時にはとても心理的でした。僕たちの仕事でも何が本当なのかを見極めるために色々な思考法を用います。論理的に選択肢を絞ったり、心理的に理由を推察したり…コロンボ警部はこのロジカルとサイコロジカルのバランスがとても巧みな名探偵だなあと思いました。

●日本語吹き替えの功績
 最期にあともう一つだけ。本作は世界の中でも特に日本で愛されたことで知られます。何度も再放送されていますし、全話収録のブルーレイボックスも世界で日本が一番最初に発売、コロンボ警部が日本のコマーシャルに登場していたのを憶えている方も多いでしょう。古畑任三郎や杉下右京など影響を受けた名探偵もたくさん生み出されています。アメリカ作品らしいアクションシーンもなく、静かな会話劇の中で地味なおじさんが気取ったハンサムに勝つという異色の刑事ドラマは日本人の心をがっちり掴んだようです。
 そして本作には日本で追加された魅力があります。それは演じた声優さん、そして和訳を当てた翻訳家さんの功績です。コロンボ警部の一人称を「あたし」に設定し、my wife」を「うちのカミさん」にしていなかったら、ここまでの人気はなかったかもしれませんね。そのくらい本作は日本語吹き替えが素晴らしかったのです。
 そして各話の邦題も秀逸なものが多数。本作は日本語吹き替え版は時として原語版を超えると世に知らしめた作品とも言えるでしょう。

■好きなエピソード
 第1話にして倒叙ミステリの魅力が全て詰まった「殺人処方箋」は犯人が精神科医ということもあって何度見てもドキドキします。ラスト10秒の大逆転といえば「二枚のドガの絵」「溶ける糸」「魔術師の幻想」なども名対決の傑作です。また前項で引用した「別れのワイン」「死者のメッセージ」なども犯人との心の交流を描いた傑作でしょう。
 でも僕が一番好きなのは「忘れられたスター」。この物語には刑事コロンボの全てが凝縮されていると同時に極上の人間ドラマとしても完成しています。

 カムバックを願う往年のミュージカル女優グレイスが資金援助に反対した夫ヘンリーを拳銃自殺に見せかけて殺害。彼女にはその時刻ホームシアターで映画を観ていたというアリバイがあるのだが、コロンボ警部は現場の細かな疑問を繋ぎながら真相に近付いていく。そして犯人がグレイスだと確信したコロンボ警部は彼女のビジネスパートナーである元男優のダイアモンドにその疑惑をぶつける。彼は有り得ないと突っぱねるがコロンボ警部は冷徹に「あの人なんです」と言いきる。やがて二人はグレイスからホームシアターを観る宵に招待される。映写機の傍ら、はしゃぐ彼女に気付かれぬよう語らう男二人。やがてアリバイも崩され逮捕の時が訪れるが、ここで物語は他に類を見ない形での終焉を迎える。

→ ミステリなんて興味ないという人にもぜひ見てほしい一作。挑戦を続けた本シリーズはついに最高のバリエイションを生み出しました。物語前半はいつものフォーマットで進行し、木にぶら下がる、愛犬とじゃれ合う、青春時代にカミさんと行ったミュージカルのスターと会えて舞い上がる、10年も射撃試験を受けていないことが発覚して怒られるなどコロンボ警部の楽しい場面も満載です。
 物語中盤ではステージ復帰を目指して奮闘するグレイスの姿がどこか切なく描写されます。そして物語終盤、優しくて悲しい光の中での真相解明。犯人グレイスとコロンボ警部だけでなく、関係者ダイアモンド、そして被害者ヘンリーまでもがクライマックスで重要な役割を果たします。まさに登場人物全員を引き立たせる倒叙ミステリの魅力。対決の物語はいつしか思いやりの物語となって、愛に溢れた人間たちの決断に帰着するのです。

■福場への影響
 中学時代、本作に魅了され何度もビデオを見てました。通学電車では小説版を全巻読破。コロンボ警部は人生で初めて「自分も追いつけるかもしれない」と現実的に憧れたヒーローで、僕は学生服の上にコロンボ警部風のコートを着込んでいました。学内で何か事件があれば、見様見真似で聞き込みなんぞもしてました。もちろん謎はちっとも解けませんでしたが。そんなわけで事件捜査はフィクションの世界へ移行。友人らと集まってビデオカメラで『刑事カイカン』というパロディ映画を製作しました。その後も高校時代・大学時代と友人を犯人役にした同シリーズの小説を書いてました。
 時には論理的に、時には心理的に相手を見極める冷静さ。その根底には何よりあったかい人間愛。そんな名探偵にはなれませんでしたが、今でもコロンボ警部は僕にとって憧れの存在、最高のヒーローです。

■好きなセリフ
「禁煙しなきゃいけないんだけど…意志が弱くって」
 最後の夜、コロンボ警部が葉巻をくわえながらダイアモンド氏に何気なく言ったセリフ。今からつらい真実を明らかにしなくてはいけない。それが仕事であり信念でもある。そんなコロンボ警部も弱い一人の人間であると垣間見せた言葉のように感じました。

■あとがき
 開院からの6年をかけて好きな作品への思いを書いてきました。他にもたくさん心の名作はありますが、特に人格や人生に影響を与えたと自覚しているものを選んでみました。
 この6年の中、紹介した作品たちにもちょっとした変化が起きています。例えば『死神くん』はテレビドラマ化されましたし、『姫ちゃんのリボン』はまさかの新作が描かれ今年コミックスが出ました。『BACK TO THE FUTURE』は作中では未来世界だった2015年を迎え世界中でイベントが開催されました。愛しい名作たちが、そして登場人物たちが生き続けていることが感じられてとっても嬉しかったです。心に刻まれた色褪せない作品たち、これからも元気を与え続けてくれると信じています。

 ずっと部屋の片隅にあったけどそのままにしていたCDがある。存在すら忘れかけた頃に何かの拍子に聴いてみたら涙が溢れたりする。どうしてもっと早く聴かなかったんだろうと悔やんだりもするけれど、今このタイミングで聴いたからこそ心を打たれたのかもしれない。人生にはそんな不思議なめぐり逢いがたくさんある。
 失った作品と思いがけず再会したり、終わったと思っていた物語の続編が時を越えて動きだしたり。人間が創作という営みを続ける限り、そして人生を投げ出さず歩き続ける限り、この素敵な偶然は永遠に訪れる。僕たちは作品を生み出し、作品によって生かされる生き物なのだから。
 これからも心の名作を増やして生きていきたい。

            

平成29年11月17日 福場将太

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