コラム

コラム2014年09月「秋の夜長に心の名作(9) DESPERADO」

 すずらん病院が誕生して三度目の秋、今年も夜長を埋めてくれる作品たちをご紹介しましょう。作品が心に残る理由…それはもちろん作品そのものの完成度によるところも大きいのですが、どれだけ作中の人物や物語が自分にシンクロするかというのも大きなポイント。大多数に支持されるヒット作でなくても、特定の人にとっては強く感情移入できる作品もある。今月ご紹介するのはそんな漫画『DESPERADO デスペラード』。週刊少年マガジンに掲載された、僕にとっては紛れもない名作です。

■ストーリー
 高校生の椎名は熱狂的音楽ファン。しかし新旧洋楽まで愛聴するそのマニア趣味は当然同級生の嗜好とは合わず、彼はクラスでも浮いた存在。ある日そんな退屈な日常を打ち破るため椎名は一念発起し楽器屋へ。今まで聴くだけであった音楽をついに自分でやる決意をしたのだ。並べられた数々のギターを見て迷う椎名、やがて店の片隅に置かれた流行遅れのモデルを発見する。自分と似てる…そんな気持ちからそのギターを購入した椎名であったがそれを悪友の八神に見られてしまう。八神は町で名の知れたバンドのギタリスト。彼は同級生の前で椎名をからかい、売り言葉に買い言葉で椎名も近日行なわれる文化祭のライヴに出演すると宣言してしまう。またそんな時に長髪でクールな転校生・黒須が現れた。
 文化祭に向けて独学でギター練習に励む椎名、しかし一向に上達しない。追い詰められた椎名はどうやらギタリストらしい黒須に頭を下げ、「ギターを教えてくれ、一緒にライヴに出てくれ」と懇願する。反応の薄い黒須であったが…練習でボロボロになった椎名の指を見て彼は依頼を承諾する。かくして始まる2人での練習の日々。そして文化祭での初ライヴの成功を経て次は2人で遊園地での演奏アルバイト…やがてメンバーを増やしバンドとなった彼らは大きなステージに立つチャンスを得る。しかしそんな時、黒須の愛用する傷だらけのレスポールにまつわる過去が彼らを引き裂き始めた。

■福場的解説
 音楽漫画は数多くあれど、音楽に触れるワクワクそのものを中心に描いているのが本作最大の魅力。音楽って、実は勇気の積み重ねなんですよね。ギターに興味があってもいざ楽器屋に足を運んで店員さんに「ギター欲しいんですけど」と伝えるのがまず最初の勇気。恥ずかしいような怖いような…そんな苦難を乗り越えて手に入れた人生最初のギター。それを自分の部屋でこっそり鳴らした時の感動…わかりますか?そして次の勇気は「一緒にバンドやってくれ」と誰かを誘うこと。これって愛の告白にも匹敵する大勝負なんですよね。もし断られたらと思うと怖くて怖くて…でもここを乗り越えられたら仲間という喜びがやってくる。黒須に声をかけたいのにかけられず何日も過ぎてしまう椎名の姿は本当にリアルだと思います。続いて訪れる練習の日々はまさに忍耐。なかなか音が鳴らなくて投げ出しそうになったり、ある日ちゃんと鳴ってメチャクチャ嬉しかったり。そして最大の勇気はステージに立つこと。それがうまくいった時のドキドキとそうじゃなかった時のガッカリ。やがてバンドが固まってくると起こるメンバー内の問題。かつて同じ夢を追った仲間が音楽を続けられなくなった時、自分は前に進む勇気…。そんな懐かしく愛おしい感情が本作には溢れているのです。
 まあ誰もが共感できるものではないかもしれません。でも音楽をやっている人、特に自分で興味を持って自分で始めた人にはきっとこの興奮は伝わるはず。本作は音楽漫画でありながら詳しい専門用語なんぞはほとんど出てきません。むしろ描かれるのは勇気や心得。椎名は黒須の助言を受けながら、立ちふさがる困難を乗り越えていきます。そしてかつては周囲が悪いと決めつけ一人ぼっちだった少年は、かけがえのない仲間と譲れない生きがいを手に入れていくのです。これは音楽に限ってのことではないですよね。ふとしたきっかけがそこにある時、そこで勇気を出せるかどうかが人生を大きく変えるということを本作は音楽と言う魔法を通して描いているのです。もしみなさんも今興味を持っているけど踏み出せずにいることがあるのなら…ぜひ勇気を出してください。それがあなたの毎日を、ひいては人生を変えるかもしれませんよ。
 ちなみに本作、ストーリーに絡んで作中で登場する楽曲のチョイスも見どころ。ビートルズやカーペンターズの有名曲から美空ひばりにハイロウズ、トッド・ラングレンまでとても幅広い。実際にCDを流しながらそのシーンを読むのも乙なものですよ。

■好きなエピソード
 文化祭のステージで盛況を得た椎名と黒須。その勢いで遊園地で演奏のバイトを開始。気持ちよく演奏する2人だが客の反応は冷たい。同じように歌ってギターを弾いているのに何故?そこで2人は同級生の女性ボーカリスト・藤谷サラをスカウトする。彼女の加入により客の反応は大きく変わる。そこで椎名はまた大切なことを学ぶのであった。

 音楽を始めたばかりの頃、多くのバンド少年が上手に演奏すれば場は盛り上がるという勘違いをしています。もちろん演奏も大切ですがそれは自己満足ではダメ、お客さんを楽しませる演奏をしてこそ自分も楽しめる。黒須は言います、「歌の上手いやつならカラオケボックスに行けばたくさんいるけど、客を楽しませて歌えるやつはそうはいない」と。う~ん、基本にして永遠の課題。演奏の技巧ではなくこういったことを主題にしているのが興味深い本作。まさにバンド少年の教科書のような漫画です。

■福場への影響
 ギターを買う、友人を誘って練習をする、文化祭で初ライヴ、ライヴハウスに出る、バイトで演奏する…とまさに青春時代とリアルタイムにシンクロしていた本作。椎名と黒須に張り合いながら、彼らの姿に教わりながら、音楽に夢中になっていた頃が本当に懐かしいです。つまらないと嘆いていた毎日が自分次第でいくらでも面白くなる。音楽という未知にあの時一歩踏み出してよかったと心から思います。今でこそ大好きなものは音楽だとためらいなく言えますが、情熱が消えそうな時はこれまで何度かありました。そんな時本作を読み返せば不思議とまた音楽を好きな気持ちが蘇る…そんな感じで何度も助けてもらった作品です。大学の音楽部でも流行らせようと単行本を配布してましたが…今でも部室に残ってるかな?

■好きなセリフ
「テクニックよりも大切なものは?」「…ソウルだ!」
 黒須道哉&椎名薫

(文:福場将太)

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