コラム

コラム2013年11月『秋の夜長に心の名作(8) MIND ASSASSIN』

 思い出の漫画の話になった時、ある限られた世代には強烈なインパクトを残している作品があります。本作もおそらく僕と同世代で週刊少年ジャンプを読んでいた人には記憶の片隅に残っているのではないでしょうか。人気も作風もけして派手ではなかったけど記憶から消せない不思議な魅力…まさにそんな人間の記憶と精神の闇を扱った本作を今秋最後に紹介しましょう。

■ストーリー

 第二次世界大戦中、ナチスドイツの化学力によって特殊な能力を持った暗殺者が作り出された。彼の力は人間の頭部に外部から触れるだけでその精神と記憶を破壊することができる。MIND ASSASSINと呼ばれたその超能力者は戦時中暗躍し終戦後姿を消す。そして現在日本にその血を引く日独クォーターの青年がいた。住宅街で内科クリニックを営む彼の名は奥森かずい。そのクリニックの看板には「精神・記憶に関する相談承ります」とある。彼は祖父譲りのその超能力を憎みながらも人のために使おうとする。そして今日も奥森医院には悩める患者が相談に訪れるのであった。

■福場的解説

 学生時代本当に大好きで大好きで単行本が擦り切れるほど読み返していました。「ブラック・ジャック」や「死神くん」と並んで、秀逸な1話完結形式の人間ドラマだと思います。
 まずは主人公・かずいの魅力について。190センチを超える長身に髪を伸ばせば女性と間違われるほど端正な顔立ち、誰に対しても敬語で物腰のやわらかい彼は普段ドジも多い近所で人気のお医者さんです。彼は精神科医ではありませんが普段の診療の中で患者の心の悩みにも真剣に耳を傾け、患者が生きていけないほど辛い記憶を抱えている時は超能力でその記憶を破壊し患者を苦しみから解放します。また患者を苦しめる非人道的な加害者が存在する場合にはMIND ASSASSINとなり夜の闇に紛れその加害者を暗殺に行くのです。その際は表情も言葉遣いもいつもの優男とは別人になります。まずこの優しさと厳しさ、異なる顔の二面性がかずいの魅力だと思います。お昼は人気の病院の先生が夜は怖い殺し屋…少年誌のヒーローとしては異質ですよね。
 そしてこの「辛い記憶を消すことで患者を救う」という方法についても賛否両論だと思います。かずいの治療法は言うなれば『精神外科』、まるで癌に侵された臓器を切除するように患者を苦しめる記憶を破壊する…果たしてこれはよいことでしょうか?もし現実の精神科治療でこの方法があったとしても、僕は施行をためらってしまうと思います。だって記憶というのはその人の人格を形成する大切な要素、それを取り去って笑顔になれたとしても「その人が救われた」と言えるでしょうか?ただその一方でこの方法は患者自身記憶を失ったことには気付かない、辛い記憶のせいで生きる力も失ってしまっている患者ならばこんな救済もありかという気もします。本作でも記憶を破壊されたことで救われる患者もいれば、そのことが逆に悲劇を招いた患者、あえて記憶をいじらなかったことで救われた患者の姿も描かれています。
 そう、本作ではけして「何が正しい」というようなメッセージは示されていないのです。かずい自身も時に自分の信念を見失い、心の闇に苦悩しながらもまた超能力を使います。けして誰もが賞賛する正義の味方ではない、今にも破綻してしまいそうな脆い存在…それが奥森かずいであり、誰の心も同じように脆く儚いということだけが一貫した本作のテーマであるように思います。

 また本作に独特な雰囲気を与えているのはその静かな画風と演出。ベタやスクリーントーンを多用せず細い線だけで描かれるその画面は舞台が病院ということもあってかなり白い。少年ジャンプ連載時には目次を見なくてもパラパラめくるだけで突然画面が白くなるのですぐに掲載箇所がわかったものです。しかも演出がとても繊細でさり気ない。ある入院患者の記憶を消すシーンでは病室の外からのアングルでドア下の隙間にわずかに光が漏れた描写だけで「かずいが超能力を使った」ということを表現しています。このある意味地味でさり気ない空気、そしてこの作品そのもののそんな存在感がまさに本作の魅力なんだと思います。未完となっておりますのでまた奥森先生の姿を見られる日が来ることを切に願っております。記憶は人を生かすのか殺すのか…静かな秋の夜長に静かな本作をぜひどうぞ!

■好きなエピソード

 学会のために祖父の故郷でもあるドイツを訪れたかずい。そこで2人の日本の女性留学生に出会う。その1人は現地の男性に弄ばれ精神的に不安定になっていた。彼女を救うためその記憶を壊すかずいだったがそれが結果的に彼女を死に導いてしまう。MIND ASSASSINとなり加害者の男性を暗殺したかずい。そしてもう1人の留学生・秋野を訪ねたかずいはその胸の内を明かすのだった。

 被害者の記憶を壊す、あるいは加害者を暗殺するところでクライマックスとなる今までのフォーマットを崩し、むしろ力を使った後のかずいに重点を置いた異色作「異国の雪降る街」です。ずっとシリーズを追ってきたファンとしては「こう来たか」とうならされました。自分が軽はずみに力を使ったせいで友人を死なせてしまったことを落涙して懺悔するかずいの姿は、彼がギリギリのところで心のバランスをとっていることを最も描いたシーンだったと思います。「生まれながらに人を殺す能力を持っている」、その事実を否定したくて人のために力を使うかずいが「結局自分は人殺しだ」と壊れかけた瞬間でした。異国を舞台に秋野さんとの静かなロマンスも含めて、このエピソードは本作の1つの到達点だと思います。

■福場への影響

 さすがに今ではやってませんが、この作品に夢中だった頃はかずいの真似をして黒い皮手袋とコートで夜の街をさまよい暗殺者気分を味わっていました。あと最も大きな影響は今この仕事をしていることでしょうね。

■好きなセリフ

「大切なのは妄想かどうかということより今あなたが苦しんでいるという事実です。それだけでボクは十分あなたを信じますよ」
 奥森かずい

(文:福場将太)

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