旧美唄病院コラム
2012年2月『新病院調査ファイル(5) 夢の名付け親』
私の名前はムーン、刑事である。上司であるカイカン警部と共に、ある医療法人が建設している新病院について調査中だ。今までの調べで、それが江別市に作られていることや、6階建てで大きな吹き抜けがあること、その名が「江別すずらん病院」であることが判明した。そして今回、ついに私たちは最後の砦である法人の理事長に会うこととなった。私と警部が通されたのは、大きな庭に面した縁側に臨む和室であった。ガラス戸の向こうには雪に覆われた日本庭園・・・完成された芸術はどんな季節にも溶け込めるのだろうか、雪を被った石灯籠も松の木も全てが絵になっている。今年の北海道は各地で豪雪が見られており、今目の前の庭にも深深と雪が降り続いていた。警部も私の横で黙って庭を見ていたが、やがて後ろ側のふすまがゆっくり開いた。私たちが振り返ると浴衣を来た男性が静かに入ってきた。
カイカン「あなたが・・・理事長さんですか」
男性はそれには応えず私たちの前の座布団に座った。そして、無言で私たちにも座るように促す。
「君たちが・・・薬局長の言っていた刑事かね?」
私たちが座り終えるのを確認して、男性は言った。
カイカン「・・・はい。あなたが・・・理事長さんですよね」
警部があらためて尋ねると男性は低くよく通る声で答えた。
「いかにも。・・・それで、なんだね私に聴きたいことと言うのは」
と、そこで仲居さんが3人分のお茶を持って入ってくる。お茶がそれぞれにいきわたるまでしばしの沈黙。私たちはそれぞれすこしだけ口をつけた。そして、警部が再び口を開く。
カイカン「この半年間・・・あなた方の法人が作ろうとしている新病院について調べてきました。そこで、何人かの人たちにお話も聞いてまいりました」
理事長は黙って警部を見つめている。
カイカン「その人たちの誰もが・・・夢、という言葉を口にされました。理事長、あなたが新病院にかけておられる夢とはいったい何なのか・・・私はそれが知りたいんです」
今日の警部にはいつものようにおどけた口調は見られない。そして、警部のその質問は私にとっても最大の関心事だった。
理事長「・・・夢、か」
理事長はそこで持っていた湯飲みを置いた。
理事長「よくわからないな、正直」
そこでまたしばしの沈黙。庭の松の木の枝からドサッと雪が落ちる音が聞こえた。
カイカン「今あなたは・・・ひとつの夢を実現しようとしてらっしゃる」
理事長「簡単に言うね、君は」
理事長の口調と表情がすこし険しくなった。
理事長「たった半年間の調査で、わかったような顔をするんじゃない」
理事長は穏やかに、しかし有無を言わさぬ厳しい口調でそう言った。
カイカン「・・・失礼しました」
警部は小声になる。
理事長「そんなに簡単に・・・言葉にできるものかね。例えば、君も刑事なんて仕事をしとるようだが、自分の夢が何なのか説明できるのかね」
私は理事長の言葉を自分にも問いかけてみる。私は・・・私の夢をわかっているだろうか。街を歩けば「夢」なんて言葉はどこからも飛び込んでくるけれど・・・。
カイカン「すいません、私にもよくわかりません」
理事長「わからんか・・・うん、わからんだろう。しかし君はそのことに不安を感じてはおらん」
カイカン「そう・・・ですね」
理事長「それはな・・・」
理事長はそこでまた湯飲みをとりお茶を飲んだ。
理事長「それはな・・・夢の中にいるからだよ、君も・・・私もな」
その言葉にはもう先ほどまでの厳しさは無かった。理事長はうっすらとではあるが微笑んでいるように見えた。見ると軽侮も微笑んでいる。私は自分だけ取り残されているような感覚だった。
理事長「今のじゃ・・・答えにはならんかね?」
カイカン「・・・十分です、ありがとうございました」
よくわからないがいきなり分かり合っているおっさん2人を見ながら、私もとりあえず微笑んだ。まあ気持としてはやれやれってとこだが。
その後理事長は新病院建設までの道のりを面白おかしく語ってくれた。時々は私にも話題をふってくれるのだが、「彼氏はおらんのか」「結婚はせんのか」と余計なことも言ってくる。ほっときなはれ。
話題もおおよそなくなり、この部屋に着てから小一時間がたった頃、気がつけば上機嫌になった理事長が突然言った。
理事長「実はね・・・新しいスタートにあわせて、法人名も新しくしようかと思っとるんだ」
カイカン「そうなんですか」
理事長「さて、その第一候補は次の中のどれか・・・君たちも刑事なら推理してみたまえ」
そんなメチャクチャな・・・と思ったが、警部はやる気満々。
理事長「じゃあいくぞ、その1『医療法人 魂のルフラン会』」
エヴァンゲリオンかいな。
理事長「その2『医療法人 怒りのアフガン会』」
ランボーじゃん。しかし理事長は楽しそうに続ける。
理事長「その3『医療法人 風のすずらん会』」
カイカン「うーん、難問ですね・・・」
どこがやねん。しかし警部は腕を組んで考えている。理事長はそんな警部を見ながら悪戯っぽく舌を出している。
理事長「わからんかね・・・君もバカだな、答えはな・・・」
カイカン「お待ち下さい」
そこで警部は手を上げて理事長の言葉を制した。
カイカン「その答えは・・・聞かないことにします」
理事長「君は、新しい病院のことを調べていたんじゃないのかね」
カイカン「そうですが・・・その答えを聞くのは私たちではありません。ね、ムーン」
突然ふられて驚いたが私はひとまず警部に同意する。
カイカン「最後の謎は・・・同じ夢の中にいるみなさんで解いてください、フフフ」
理事長「生意気言いおって・・・ウヒョヒョ」
素晴らしい日本庭園の雪景色の中に、2人の不気味な笑い声が響いた。
帰り道の車中、助手席で警部が言った。
カイカン「今回の調査も・・・これでおしまいだね」
ムーン「もうよろしいんですか?肝心の完成した病院をまだ見ていませんけど・・・」
カイカン「いいんだよ・・・眼を閉じれば見えるから」
警部はそう言って好物のおしゃぶり昆布を口にくわえる。まったく、じゃあこの半年間の調査は何だったのよ。
・・と、そこで警察無線んが入る。
「事件発生、事件発生。ただちに現場に急行せよ。現場は・・・」
ムーン「警部、事件ですよ」
カイカン「了解」
警部はそこで昆布を飲み込む。私はアクセルを踏みこむ。まあ夢の中にいるかどうかはよくわからないが、これが私たちの日常、私たちの仕事である。
刑事カイカンとムーンの調査ファイル、これにて完結。
新病院はあなた自身の目でお確かめ下さい。
(文:福場将太 写真:Mr.佐藤)