コラム

コラム2024年05月「笑顔の闘い」

 医療や福祉関連の講演を聞いていると最近やたらに横文字が多い。ダイバーシティがどうの、ユニバーサルがこうのと言われても英語に疎い自分は困ってしまう。お台場にできた新しい街かな、映画の撮影スタジオの話かな、と思うがもちろんそんなことはない。
 近年特によく聞くのが『インクルーシブ』という言葉。日本語では『包括的な』という意味合いなようで、「障害を持つ人も含めた」「健常者も障害者もみんな一緒に」というニュアンスで解釈している。

 例えば『インクルーシブ教育』と言うと、障害を持つ学生もそうでない学生と同じように受けられる教育を指す。特に先月から合理的配慮(障害を持つ者が困らないように環境やルールの調整を本人と相談して行なう)が法律上の義務になったため、各学校におけるインクルーシブ教育の実現が具体的な目標となった。それは医学部・看護学部といった医療系大学も例外ではない。
 とはいえ、耳が不自由な医学生、車椅子の看護学生の存在が当たり前になるためにはまだまだクリアしなければならない課題が山積している。障害を持つ医療従事者だからこそ行なえる治療や支援があるのは間違いないが、そのために伴うリスクやコストの話になるともろ手を挙げて賛成できない人たちがいるのも当然で、けっして意地悪ではなく正当性を持った反対派も存在するのである。
 精神科における差別や偏見が未だに色濃く社会に残っていることからもわかるように、意識や価値観が変わるのには時間がかかる。新しい時代が来るまでにはまだまだ多くの闘いが必要であろうが、これはもちろん幕末のように刀を手にした闘いではない。とかく権利を主張する闘いでは鼻息が荒くなり、内容が正しいどうのという以前にその怒りの雰囲気だけで相手から敬遠されてしまいがちだ。しかしそれでは意味がない。

 インクルーシブ教育の実現はこれからの医療に必要な変化だと思う。医療従事者の端くれとして、障害の有無に関わらず医学や看護学を学べる社会になったらよいなと願う。そしてそのための闘いには、ぜひとも笑顔で臨んでほしいと思っている。これは憎むべき敵を打ち倒す闘いではないのだから。
 私自身も視覚障害を持つ医師だ。そのことがいつか誰かとの避けられない衝突を生んだとしても、微笑んだまま参戦できる心でありたい。

(文:福場将太)

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