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コラム
2008年8月『幹細胞のように』
政治家の子供は政治家になる、社長の子供は社長になる……それが日本の悪しき世襲制、なんてことを言う人もいるが、ご他聞に漏れず医療業界にもその世襲制は多く見られる。もちろん、子供が親と同じ仕事をすること自体が悪いわけではない。むしろそれによって受け継がれていく技術、秘伝の味、伝統……それらは日本の財産だ。誇りを持って親と同じ仕事を『選択』するのであれば、それは素晴らしいことである。
私が医学部の学生だった頃、この『選択』というものについて随分考えたことがある。もちろん全員ではないが、医学生の中には親も医者、祖父も医者、曽祖父も……なんていういわゆる『医者家系』の人がたくさんいた。そしてその中には、「自分は医者になるために生まれてきた」「医者になるしかなかった」なんてことを言う人も多く、少し複雑な気持ちになったものだ。じゃあ君は自分で何も『選択』をしてこなかったのかい?なんてついおせっかいなことを尋ねたくなってしまう。
中学を出て、高校を出て、医学部に入って医者になる…もちろん何ら責められるいわれはどこにもないが、本来進路というのは選択の積み重ねだ。将来何になろうか、どの学部に行こうか、いやそれ以前に大学に行こうか行くまいか……そんなことを考えて然るべきだ。だから、子供の頃から自分は医者になるのが当たり前だ、とそこに何の疑問も持っていないのはどこか危険な気がする。確かに話を聞いていると、両親も兄弟も親戚も医者だらけ、身近にそれ以外の職種の人がいない環境で育った人もいる。子供の頃から親に「この病院を継ぐんだぞ」と期待され続けた人もいる。そんな中、それ以外の職種に興味を持て、という方が無理な話なのかもしれない。
しかし中には、「自分は洗脳された」「どうせ俺は医者になるんだから」なんて言葉を吐くやつなんかもいて、とても虚しい気持ちになった。どうせって何だよ?
実際に働いている今だから言えるが、こんな答のない業の深い仕事を一生の生業としていく覚悟が18歳の時点で決まっているはずがない。それなのに医学部から他の進路に転向することは非常に稀で、多くの者が入学したらもう医者になる流れにしがみつくしかない。……なんかおかしくない?
本来大学とは学びたいから行くものだ。医者になる人間以外医学を学んではいけないなんて決まりはない。純粋な医学に対する興味、あるいは自分自身病気を抱えた人がその病気のことをもっと学びたくて医学部に来る……なんてことがあってもいいはずだ。しかし現状では、医学部というものは医師の職業訓練学校であり、国家試験予備校である。
そんな想いもあってか、私には一時期、医学部の学生たちが自分で何も決められない、考える能力を失ってしまった人たちに見えていたことがある。自分も含めただでさえ世間知らずの苦労知らずが多いのに、こんなせまい世界の中で。「みんなと同じようにやれば試験に受かる」「先輩がこうするのがいいと言うからそうする」「こういう制度が出来たからとりあえず従う」……なんてことばかりうまくなる。試験資料の盗難、カンニング…そんなことが起こるたびに、とても悲しくなった。ねえ、そこまでして医者にならなきゃいけないの?確かに国家試験に受かるための勉強量は膨大だけど、そのために心が貧しくなったら何にもならないじゃない……。
「医者になるために生まれてきたんだから、とにかく医者になればいい」……本当にそうなのだろうか?
そんなことを考えていたある日、血液内科の授業で『造血幹細胞』というのを習った。血液に限らずだが、どんな臓器の細胞も、もともとは同じ『幹細胞』で、それがやがてそれぞれ臓器特有の細胞になっていく。血液の世界では、もとは同じ造血幹細胞が様々な因子やきっかけによってだんだんと進路が枝分かれし、やがてあるものは赤血球になり、あるものは白血球になり、あるものは血小板になる。その過程を『分化』と呼ぶがこの分化の図を見たときにまさにこれは人間の人生と同じじゃないかと思った。
そう、そうなんだ。私たちも生まれたその時はみんな『幹細胞』。何かひとつのものにしかなれないわけじゃない。出逢いや出来事や選択によって、何にだってなれるんだ!
そう、『分化能』と『自己再生能』が幹細胞の二大特徴!
自分のことを棚に上げてなんか偉そうなことをここまで書いてきたけど、別に世襲制が悪いわけじゃないよ。父親が忙しくて一度も一緒にお風呂に入ったり旅行をしたことのない息子がやはり医者を目指したり、ほとんど母親の手料理を食べたことのない女医の娘がやはり女医に憧れたり……確かにこの仕事にはどこか不思議な魅力がある。
だからさ、「どうせ医者になるんだから」なんて言わずに、だからこそ色々なことをしようよ。興味を持とうよ。挑戦しようよ。失敗が許されない仕事だからこそ、学生時代にたくさん失敗しよう。
人生は一本道じゃない。よく見ればいくつも枝分かれしているし、場合によっては引き返したっていい。僕たちはみんな、あらかじめ決まったひとつのものになるために生まれてきたわけじゃない。
未来は自分の選択の結果。
何度でも再生する、何にでも分化できる、そんな幹細胞のように。