旧美唄病院コラム

2011年11月『新病院調査ファイル(3) 突入!建設現場』

イメージ 私の名前はムーン、刑事である。一部読者から問い合わせがありましたが私は女性ですよ。まあそれはともかく今回もまた上司のカイカン警部とともにとある医療法人が江別に作ろうとしている新病院を調査中である。JR高砂駅前のマックスバリュー内に「新病院開設準備室」を発見した私たちはそこを訪れ、室長のはからいで建設中の病院内を見せてもらえることとなった。
 室長に導かれ私たちは改めて建物の前に立つ。夕方に近い時間帯となり、江別を吹き抜ける風は少し冷たくなってきている。その風にボロボロのコートとハットをなびかせながら。警部はしばらく無言で建物を眺めていた。その姿は人生に疲れた旅人のようでもあり、一歩間違えればスナフキンのようでもある。建設中の建物を前に、警部の瞳に移っているのは未来だろうか、それとも過去だろうか。

ムーン「そろそろ行きますよ、警部」
カイカン「ああ、そうだね」
 私の言葉に警部は再び歩き出す。・・・と、そこに現場監督と何やら交渉していた室長が戻ってきた。
室長「お待たせしたね。今日は1階と2階を見せてくれるそうです。ここから先は彼が案内しますので」
 室長の後ろから現場監督も私たちのほうに来る。日焼けした肌がたくましいその男性は太い腕で私と警部のヘルメットを手渡しながら言った。
監督「よろしくお願いします。工事中ですのでこれをしっかり被って私についてきてください。危ないので刑事さんたち、その長いコートは脱いだほうがいいっすよ」
 私はコートを、警部はハットとコートをそれぞれ室長に預けてヘルメットを着用する。なんか仮装大会みたいでちょっとこっけいである。
監督「じゃあ、入りますよ」
 監督の大きな背中について私と警部はついに建物に入った。後ろからは「いってらっしゃい!」という室長の声がする。
監督「コードとか段差とか色々あるんで、足元気をつけて」
 建物内部は薄暗く、工事用のランプが何箇所かにともされていた。何かを削るような音や叩くような音が響いており、たくましい男性たちがそれぞれ作業に当たっている。
警部「ここが・・・病院になるのか」
監督「ええ。きっといいのができますよ。まずはこっちです」
 私達は未来の総合受付、そこに隣接する事務室や薬局、医療相談室に案内された。もちろんまだそこには何も無い。監督の話によると1階は外来フロアだそうで、今の美唄メンタルクリニックや北広島メンタルクリニックのようにここで通院治療が行なえるのだそうだ。受付の横には広い待合室のスペースがもうけられている。
ムーン「薬局からその場でお薬をもらえるのは便利ですね」
カイカン「そうだね。こんな駅前の立地だから、気軽に色々な人が相談に来れるんじゃないかな」
 今はまだ薄暗いここが半年後には病院になっていることが少し不思議に感じる。
監督「こちらが診察室です」
 そこには5つほどの部屋が並んでいた。ここで外来治療が行なわれるのだ。すぐとなりには検査室がある。レントゲンやCTなども導入されるらしい。そういえば先ほど開設準備室の女性秘書に頂いた「風のすずらん便り」にも色々な専門外来が予定されていると書いてあった。 監督「こちらがデイケアルーム、そして訪問看護ステーションになる予定です。今美唄メンタルクリニックで行なわれているように、ここでもそういった外来サービスをやるみたいっすよ」
 次々に紹介されるので憶えるのが大変だ。まだ工事中ということもあるが、油断すると迷子になりそうになる。その他にも全面ガラス張りの食堂も見せてもらった。ガラスの外には色とりどりの花が植えられるのだそうだ。
カイカン「すごいな・・・こりゃ」
監督「最大の目玉はこちらっすよ」 そう言って監督は私と警部をフロアの中央に導く。そこは広いが何も無いスペース。
監督「これは吹き抜けです。1階から6階を越えて屋上まで大きく突き抜けています。理事長先生のこだわりで、この吹き抜けは設計の絶対条件だったみたいっすよ。いやあこれだと太陽の光がいっぱい入ってどのフロアもかなり明るいっすよ。吹き抜けの中には大きなもみの木も植えるみたいで、クリスマスにはイルミネーションもやるんだとか」
ムーン「すごいですね・・・」
 立地的にも構造的にも閉鎖的な今の美唄病院から考えれば全く間逆の発想と言っていい。上を見上げると今はまだ工事シートがかかっているが、いずれはあそこからあおぞらや夕焼けが見えるのだろう。
監督「ね、すごいっしょ。じゃあ次は2階を案内しますね」
 もうすでにお腹一杯であるが私は警部と共に再び監督の大きな背中を追った。

 エレベーターはまだ動いていないので階段で2階に登る。そこは入院病棟、このフロアは特に自由度の大きい一般病棟というものになるらしい。まだ多くの場所が工事中であったため、今回は特別に作られたモデルルームだけ見せてもらった。病室のモデルルーム、というのもなんだか変な気分だ。
監督「さあ、こちらです」
 広くあたたかみのある床に大きな窓からは江別の自然が見える。ベッドはゆったりと置かれており患者さん1人ずつの空間がとても広い。
監督「今度は各部屋に洗面台とトイレがありますから、患者さんたちも使い勝手がいいっすよ」
確かにトイレも車イスでも対応できる広いものになっている。
カイカン「お風呂はどこにあるんですか」
監督「各フロアにありますよ。このフロアは違いますけど、お年寄りの病棟のお風呂は横になったままでも湯船に入れるマシンも設置予定です」
 洗面、トイレ、お風呂・・・確かにこれらは患者さんが入院生活していく上でとても重要だ。快適なものにこしたことはない。
カイカン「今の美唄病院は40年前に作られた古い構造だ。そこから見るとまるでここは・・・そう、何て言うか・・・まるでタイムスリップだ」
 警部は誰にでもなくそう言った。
 その後私達はお邪魔にならないように少しだけモデルルーム周辺を見せてもらい、今回の見学を終了することとなった。建物を出たところで、監督は楽しそうに言った。
監督「もう少ししたら、今建物を覆っているシートが外れて外観が見えるっすよ。江別はレンガの街でもありますからね、レンガがたくさん使われてるんです。しかもここの土台を掘ったときに出た土を焼いて作ったレンガを使ってるんスよ」
 監督は嬉しそうに話す。
カイカン「今日は・・・本当にありがとうございました。完成を楽しみにしてます」
 ヘルメットを返却しながら言う警部の横で、私も心からのお礼をこめて頭を下げた。
 その後室長からコートをもらい、改めて感謝を伝えた上で私と警部は帰路についた。高速道路を走る車中で警部が言った。
カイカン「なんかよかったね、みんな前向きで」
ムーン「そうですね・・・。いい病院を作るって、本当に大変なことなんでしょうけど・・・」
 警部はしばらく黙って流れる景色に目をやっていたが、やがてまたゆっくりと口を開いた。
カイカン「病院のことを調べてたら・・・なんか職員さんにも興味がわいてきたな」
ムーン「え」
カイカン「どんな人たちがあの病院を作っているのか・・・どんな人たちがあの病院で働くのか・・・」
 警部の好奇心が膨らんでいるのがその口振りからわかる。
ムーン「もしかして・・・それが次の調査対象ですか」
カイカン「そういうこと」
ムーン「でも、勤務中の美唄病院に押しかけるのは・・・」
カイカン「大丈夫、押しかけるのは病院じゃない。私たちが踏み込むのは年末恒例のあのイベントさ」
 まさか・・・。警部のとっぴなアイデアをかき消すように私はアクセルを踏み込んだ。

 刑事カイカンとムーンの調査ファイル、次回に続く。

(文:福場将太 写真:栢場千里)

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