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コラム
2021年12月「カウント1 あたたかい響き」
いよいよ別れの時が迫ってきた。十年間過ごしたこの建物を去らなければならない。引越しに向けてスタッフが荷物整理をしてくれているが、昔使っていたギターのアンプなど懐かしい物が出てきて驚いたりもする。
僕の趣味の一つに音楽がある。ギターを弾きながら歌ういわゆる弾き語りには何物にも代え難い楽しさがあり、スタッフが全員退勤した後のクリニックで一人演奏している時間はまさしく日常のオアシス、どんなに落ち込んでいてもイライラしていても、歌えば平常心を取り戻すことができた。この時間があるから心の健康を保っていられていると確信している。
弾き語りが趣味の人間にとって、それができる場所を確保するというのが重要なテーマ。中学時代は家の浴室、高校時代は校舎の隅の廊下、大学時代は音楽部の部室などで行なっていた。社会人になってからは、古い病院があった頃はその体育館、そしてこの十年は夜のクリニックがその場所だった。
場所が変わればギターや歌の響き方も変わる。この場所にはこの場所にしかない響きがある。このクリニックの建物でしか生まれない響きがある。先日もデイケアのクリスマス会で患者さんたちがカラオケを披露したが、それも今のデイケアルームでしか生まれない響きなんだろうなと感じた。
そしてこれは診療でも同じ。心の医療は言葉と言葉の医療でもある。今の診察室の広さ、壁の材質、空気感だからこその声の響きがあり、患者さんとの距離感がある。
この愛しい響きを噛み締めながら、また新しい建物でもあたたかい響きを生み出していきたい。
さらば!
(文:福場将太)