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コラム
2021年05月「アルケミスト」
『疾病利得』という言葉がある。精神科の業界では病気を免罪符にしてずるをしてしまう人、患者である役得に甘えてしまう人を表現する時に使用されることが多い。しかし近年使われ始めている『バリアバリュー』という言葉はそういったニュアンスではなく、本当に病気や障害(バリア)を価値(バリュー)に変えるという意味だ。病気や障害を利用するという点では同じだが、逃げる・甘えるためにではなく、闘う・自立するために利用するという点が大きな違いである。
日本社会にはまだまだ病気は恥ずべきもの・悪いものという感覚が強く、ひたかくしにしてしまう人も少なくない。それをさらけ出してなおかつ価値にするなんてとんでもないと思う人も多いだろう。病気とはマイナスなもの、それをプラスにするなんてわけがわからないと感じるかもしれない。
しかし、事実として人は何かを失うことで手に入れられる力がある。視覚を失ったことでその他の感覚が鋭敏になり、目が見える人では気付けない僅かな音の違い・感触の違いに気付ける人がいる。考え方の転換だってそうだ、癌を経験したことでそこから自分らしく生きられるようになる人がいる。
では心の病気、精神疾患はどのような価値を生み出せるだろうか。患者さんたちが持っている秀でた能力…一つには繊細さがあると思う。もちろんそれがストレスを強め患者さんを苦しめてしまうのだけど、その繊細さによって見過ごされている誰かの心の痛みに気付いてあげられる時がある。これは間違いなく価値ある力だと僕は思う。その力によって役立てる場面、救われる人たちが必ず存在するだろう。
精神科医は病気を治してあげられないことが多い医者だ。でも消すことはできなくても、病気を価値に転換してあげること、いや患者さん本人が転換するのを手助けしてあげることはできるのかもしれない。
病気を価値に変える…人類は今、そんな新たな錬金術に挑もうとしている。
(文:福場将太)