コラム

コラム2025年11月「不思議な文化」

 「ありがとう」の言葉が交わされるのはよいことだ。友人同士でもそう、職場でも家庭でもそう、そしてもちろん患者と医者の関係においてもそう、お互い相手に感謝できるのは素敵な関係である。

 ただ唯一違和感を覚えるのが、製薬会社さんから言われる「ありがとうございます」。医者が患者さんにお薬を処方したという話しをすると、大抵笑顔でそう言われるのだが、いったい何に向けられた感謝なのかよくわからない。
 現代の医療において薬物療法は欠かせない選択肢であり、製薬会社さんが開発してくれるお薬のおかげで症状が良くなったり、苦しみが和らいだりする患者さんはたくさんいる。なので患者さんが製薬会社さんに対して、あるいは医者が製薬会社さんに対して「良い薬を開発してくれてありがとう」というのはわかる。しかし向こうからこちらへの「ありがとうございます」は謎だ。

 量販店の店員さんが言う「お買い上げありがとうございます」のようなニュアンスだろうか。しかしお薬を買っているのは薬局さんであって医者ではない。「ご利用ありがとうございます」のような意味だろうか。だが実際にお薬を飲んでいるのは患者さん、それに対してお金を払っているのも患者さんだ。確かに医者も処方という形でお薬を利用はしているけれど、それは病気の治療のためにしているもので誰かを喜ばせるためにしているわけではない。特に精神科のお薬は使わずにすむのならそれが一番。例えばやむをえず犯人に発砲した警察官に対して、銃弾製造会社が「ありがとうございます」とはけっして言わないであろう。

 そんなこんなで、製薬会社さんが医者の処方に対して感謝を伝える文化は不思議だ。一歩間違えればかなり不謹慎にも聞こえる。まあどこの業界でも、不思議な文化は残っているものだが。
 医者のための病気ではない。警察のための事件ではない。それらはない方がよいに決まっているが、残念ながらけっしてなくなることはない。それでもそんな日が来るのを夢見ながら、処方することの重みを忘れずにいたい。

(文:福場将太)

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