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コラム
2018年12月「未知数の含有」
同じ話を聞いても印象に残っている言葉は人それぞれ。同じ映画を見ても印象に残っているシーンは人それぞれ。同じ音楽を聴いても印象に残っているフレーズは人それぞれ。
人間はみんな心にオーダーメイドのアンテナを持っていて、何を受信するかは一人一人違うのだ。送り手がどんなに伝えたいと躍起になっても届かないメッセージもあれば、そんなつもりじゃなかったのに深く突き刺さってしまうメッセージもある。説得力や影響力なんてものは、きっとメッセージの送信周波数とアンテナの受信周波数がばっちり一致した時に強く生じるのだろう。
この仕事は患者さんとのコミュニケイションが主体である。言語的にしろ非言語的にしろ支援者と患者さんはメッセージを送受信し影響を及ぼし合う。だから普段の診察でもできるだけこちらのメッセージが届くように、そして相手のメッセージを受け取れるように心がけて話をしている。
しかしである。冒頭にも書いたように必ずしもこちらが伝えたいメッセージが相手の印象に残るとは限らない。むしろ全く意図していなかった部分に患者さんが反応することも少なくない。デイケアや集団精神療法のプログラムでもそうだ。こちらが想定していなかった治療効果が生じて患者さんが回復することは多い。回復という結果はもちろん嬉しいのだが、こちらの計算は一体何だったのかと複雑な気持ちにもなる。
でも最近はそれでよい、むしろそれこそがこの仕事の醍醐味なのだと思っている。世の中の名作映画や名曲だってそうだ。必ずしも作り手の計算どおりにヒットしたわけではない。医学においても科学においても、多くの発見が偶然の産物や怪我の功名によってもたらされている。それを計算でやることはできない。
だから精神科において支援者が患者さんに提供するサービスには効果未知数の要素がたくさん含まれている方がよいのだ。予想外の球が患者さんにストライクするかもしれない。そのためにはガチガチに凝り固まらず、様々な成分が含有されたサービスが望ましい。
デイケア、集団精神療法…これらの治療法にはもちろん理論とエビデンスに基づく期待値があるが、それが全てならこんなに退屈な医療はない。人と人との触れ合いには計算できない効果がたくさんある。それも含めての精神科医療なのだ。表面的な治療内容の説明だけを読んで「この治療は自分に向かない」「自分には必要ない」と決め付けてしまう患者さんもいるが、それはとてももったいないことだと思う。
不本意な転勤先で運命の相手と出会ったり、電車を乗り過ごして降りた駅ビルでやっていた法律セミナーを見て弁護士を志したり、枝が手に刺さったけどあんまり痛くなかったので枝を詳しく調べたら画期的な鎮痛薬の成分が発見されたり…、本当に人生は何が吉と出て何が凶と出るかわかったもんじゃない。だからこそ大切なのはきっかけをシャットアウトしないこと。もしかしたらそのきっかけには思いも寄らない成分が含有されているかもしれないのだ。
私たちの仕事はできるだけたくさんのきっかけを患者さんに提供することである。どのきっかけのどの成分を患者さんのアンテナが受信するかは計算では予想できない。もちろん理論やエビデンスをないがしろにしてはいけないし、何でもありだと開き直ってもいけないが、医学書がけして全てではない。だからこそこの仕事は素敵なのだ。
CDよりも含まれている周波数が広いからとレコードを愛好する人がいる。その周波数は人間の耳には聴こえないのだが、それでもレコードの方が良いという。
そんな未知数の効果を踏まえている医療、それが精神科である。来年も色々な回復プログラムを提供していきたい。
(文:福場将太 写真:カヤコレ)