コラム

コラム2014年03月『★連載小説★Medical Wars プロローグ』

Medical Wars (福場将太・著)

*この小説はフィクションです。

■プロローグ ~14班、誕生!~

 さてさて、まずは舞台から説明しよう。ここは『すずらん医科大学病院』、大都心新宿というとんでもない場所にある私立大学病院だ。まあ正確に言えば住所は南新宿になる。路上には急ぎ足の人間がごった返し、空にはいくつもの高層ビルが突き刺さっている街。そんな中この病院も負けじと背伸びし、その29階建ての病棟は3000床のベッド数を誇っている。その屋上に立てば西新宿の都庁も、東に広がる新宿御苑も、また夜には歌舞伎町の妖艶なネオンの揺らめきまでも拝むことができる。
 これはそんなある意味極端な環境で学ぶ、医学生たちの物語である。よろしいかな?まあそんな構えずに、楽な気持ちでお付き合いくださいな。

 それでは、物語の始まる建物からご紹介。同じ敷地内ながらここは病棟とは対照的にこじんまりと佇む教育棟。1階は学生ロビーと呼ばれる談話空間、2階から5階はそれぞれ3年生から6年生の教室となっている。本来大学であれば『講義室』と呼ぶ方が正確なのだろうが、ここは単科の医学部。学生は医学生しかおらず、同学年全員で揃って同じ講義を受ける。よってキャンパスライフとしてよくイメージされるような講義ごとの部屋移動、各人自分の選択した講義に出る、他学部の学生と触れ合うなんてことは一切ない。まるで中学校のように学生は毎日同じ部屋の同じ席に座り、そこに講義ごとの先生がやってくる。そんなこんなで部屋は1年間の居場所も兼ねており、ついつい学生も『教室』と呼んでしまうわけだ。講義のことさえ『授業』と言ってしまうくらい。違和感があるかもしれないが、ここはそういう世界なのだ。
 ちなみに1学年に1つの教室で足りるのか、と思われたかもしれないがそれも問題なし。国立より間口の広い私立とはいえ1学年の人数はせいぜい100人ちょっと。大き目の教室であれば十分に収容されてしまうのだ。ついでにここに教室を持たない1・2年生はどこにいるのかというと…まあ、説明ばかりだと疲れるのでそれはいずれまたお話しましょう。なんたってこの物語の主役は5年生だしね。
 …というわけで前置きが長くなりましたが、いよいよ本編のはじまりはじまり。

 3月最後の金曜日。教育棟4階教室、集っているのは来月から病棟実習に入る新5年生の諸君だ。先月の厳しい進級試験を乗り越え安堵するのも束の間、彼らは新しい局面に立たされている。
「では今から、みなさんに白衣とネームプレートを配ります。出席番号順に名前を呼びますので、取りに来てください」
 学生たちが座席出ざわめく中、正面の教壇で声を張り上げているのは学務課の喜多村だ。グレイのスーツに短髪、細身の身体とはアンバランスな太い黒縁メガネが印象的な中年男。学務課は各種事務手続きとともに学生の相談相手になるのがその仕事、しかし入学時にはあれだけ素直だった学生たちも5年生ともなればまさに生意気の応召。その肥大した自尊心に密かに舌打ちすることも少なくない。
「みなさん、聞いてますか?じゃあ配りますよ、では…出席番号1番の秋月まりかさん」
 最前列に座っていた女子学生が進み出て、無言で白衣とネームプレートを受け取る。
「2番、浅見京太くん」
 今度は中ほどに座っていた男子学生が前に出る。そんな感じで配布は続けられる。白衣もネームプレートももちろん来月からの病棟実習で使用するもの。1年間病院の中をあちこち歩き回るのだから、身分証も兼ねてこれらを身につける必要があるわけだ。
 医学部の数ある実習の中でも、実際に病棟で患者と触れ合うこの実習のことを『ポリクリ』と呼ぶ。その語源については何度説明されてもまた忘れてしまう、まあその程度のもの。ちなみに看護学校では病棟実習に出る前、ナースキャップを授与される『戴帽式』と呼ばれる儀式がある。それはキャンドルサービスさながらの感動的なものなのだが…医学部においてはそのような儀式はなく、せいぜいこの味気ない配布だけだ。
 白衣を受け取った学生たちはさらにざわめきを大きくしていく。まあ、無理もない。あの生地獄の進級試験を乗り越えた者だけが今この場にいられるのだから、はしゃぎたくなるのもわかる。地獄に引きずり込まれた者はまた1年間この下の教室で過ごすのだから、まさにここは天国…まあ白衣の天使と呼べるほど彼らはおぼこくはないが。
 そんな騒がしい教室の中、前方隅の方の席で受け取ったネームプレートを見つめている男が1人。彼の名は同村重一(どうそん・じゅういち)。お待たせしました、ようやく登場した主人公である。少し色黒でその顔は少年のような純朴な印象を与える。2つのつぶらな瞳はネームプレートに印刷された自分の顔写真を見つめている。
「いよいよ、か…」
 彼はそう呟く。このざわついた教室で普通ならこんな独り言が誰かに届くわけはないのだが…。
「また決めゼリフですかい、ドーソン」
 そう言いながら彼の隣に座ったのは山田健(やまだ・たけし)。今ちょうど白衣を受け取ってきたところらしい。角刈りに口ヒゲ、ダボダボのTシャツを腕まくりしたその姿はとても来月から白衣を着るとは思えない。
「やあ山さん。いや…ついにここまで来たなあと思ってさ」
「おうよ、ようやく病院だべ」
 一見どこにも共通項のないこの2人だが、実は仲が良い。まあ変人同士気が合ったという感じだろうか。
「頑張らないとな、患者さんに接するわけだから」
「考えすぎんなよドーソン、学生だからそんなすげえことはやらせてもらえねえって」
 そこで山田は足をバタつかせた。
「ああ~まだ学生かよ俺たち。小学校の時の友達なんかもうとっくに働いてんのによ!」
 ご存知のように医学部は6年間のカリキュラム。現役で入学しその後全く留年しなかったとしても卒業は24歳。早々に就職したり家業を継いだかつての同級生と比べれば、社会人になるのに随分遅れを取ってしまう。山田の焦りもわかる。
「山さんは卒業したら地元に帰るの?確か長野だったよな」
「まだわかんねえけど…何科に進むかも決定してねえし。ま、それも今年ポリクリやってから決めるべ」
「…そうだな。俺も今年は色々考えないと」
 同村がそこで少し遠い目をする。ちょっと自己陶酔気味な友人に山田は言葉を続けた。
「1年間同じ班でずっと行動するんだもんな。面白いメンバーだったらいいけどよ…。お前と一緒だったら絶対楽しいべ」
「それはないだろ。俺と君は出席番号が離れてる」
「いや、何か今年から変わるらしいぞ、班の決め方。出席番号順じゃないらしいべ。まあ昔は成績順だったらしいからまたそれに戻るのかもな」
「だったらなおさら無理だろ。俺、進級試験ギリギリだったから」
「俺だってそんな変わんねえべ」
 そう言いながらも山田は少し得意そうな顔をする。
「まったく…」
 同村はそんな山田の様子にそっと微笑む。長い付き合いだ、彼が自分に絶対の自信を持っていることは百も承知。ただ山田の自信は医学生という肩書きによるものではない。もし山田がそんな人間であったら同村が彼に心を開くことはなかっただろう。ドーソンと山さん、この2人の出会いについてはまた時間があったらゆっくり触れたい。

「はい、みなさん少し静かにしてください!」
 白衣の配布を終えた喜多村がパンパンと手を叩いて言った。教室は幾分静かになるがまだ十分に騒がしい。
「はい、というわけで4月からみなさんはポリクリが始まります。おおよその説明も終わりましたしこうして白衣も渡しました。ネームプレートは病院での正式な身分証ですから絶対になくさないように!再発行には時間がかかります。この1年が終わった時に回収致しますので、よろしくお願いします」
 その言葉に同村は再びネームプレートを見る。…『すずらん医科大学病院 同村重一』、そう書かれている。本来なら『医師』や『看護師』など役職が記されるのだが、学生である彼らのネームプレートはその部分が空白になっている。
 そこで喜多村は腕時計を見た…と同時に教室前方のドアが開き、白衣姿の男が入ってくる。時間通りの到着に喜多村は安堵の表情。
「みなさん、瀬山先生がいらっしゃいました。お静かに」
 喜多村の言葉よりも早く、教室は一同に静まり返った。こいつら…さっきまで無駄口叩きまくりだったくせに。まあ現れたのが大先輩の大学教授、しかも学生部長その人となれば無理もない。
「それでは、瀬山先生からポリクリ前のお言葉を頂きたいと思います」
 喜多村にマイクを渡され瀬山が前に出た。白髪の混じった長めの髪に細身の身体。年の頃は60歳といったところか。
「えーみなさん、こんにちは。学生部長の瀬山です。まずは進級試験お疲れ様でした。来週からはいよいよポリクリ…ですね」
 瀬山は感情のない声と顔で淡々と話す。
「えー、まあこれまでみなさんは基本的に教科書の中で医学を学んできたことと思います。ですが来週からみなさんが目にするのは、実際の患者、実際の病気、実際の治療です。まあ驚かれることも多いかもしれませんが、せっかくの1年間を悔いのないものにしてください。そして将来自分が働く世界を感じてください」
 同村はその瞳で真っ直ぐに瀬山を捕らえている。その隣で山田は小さくあくび…オイオイ。
「先ほど学務課の喜多村さんからも説明があったと思いますが、来年2月には各班にここで実習発表をしてもらいます。そして3月にはまた進級試験もありますのでその勉強もお忘れなく…」
 瀬山はそこで少し黙る。おそらく事前に話す内容などは特に用意していなかったのだろう。
「えー…まあ、そんなところですかね。まあみなさん、当然ですが院内では自覚ある行動をお願いします。耳鼻科に回ってきた時には、私から指導することもあるでしょう。その時はよろしくお願いします」
 瀬山は最後に「では頑張ってください」と小さく言い、喜多村にマイクを返した。そしてまたスタスタと教室を出て行った。彼がここにいた時間はおそらく5分もなかっただろう。まあそれも仕方ない、何せお忙しい大学教授なのだから。
 出て行ったドアが完全に閉まると、室内はまたざわめき始める。本当にもう…わかりやすい奴ら。
「何か…あんまりたいしたメッセージじゃなかったな」
 と、同村。山田が応える。
「当たり前、こんなの形だけだべ」
 教室の正面には再び喜多村が出た。
「では最後に、実習班を発表したいと思います」
 その言葉に室内のざわめきはさらに大きくなり、同時にどよめきの色も帯びる。そう、彼らにとってこれが最大の関心事なのだ。
「今からプリントを配りますので、それを見て班ごとに集まって座ってください。そのプリントにはポリクリの注意事項も書かれていますので、各自家でしっかり読んでから実習に臨んでください。
 なお班についてですが、例年出席番号で機械的に決めていましたが、本年からはランダムに決定されております」
 そこで何人かの学生が声をあげた。
「マジかよ!」
「嘘、ランダム~?」
「どうして、どうしてだよ」
 そんな中、同村と山田も話す。
「山さん、ランダムだって」
「おう、ちょっと楽しみだな」
 喜多村がさらに声を張り上げる。
「はいはいはい、お静かに!配りますよ!見たら各班ごとに集まってくださいね」
 生徒のざわめきに喜多村の声はほとんど掻き消されてしまう。きっと彼はまた密かに舌打ちをしたに違いない。…学務課さん、ご苦労様です。

「各班ごとに集まったら、その中で役職を決めて、それを学務課に提出してから帰ってください!今日の説明会はこれで終わりです!」
 もはや喜多村の声は風前の灯のごとく儚い。配られたプリントは教室内にいくつもの歓喜の叫びと落胆の嘆きを巻き起こしていた。その混乱の嵐は少なくとも20分は吹き荒れていただろう。そしてそれが過ぎ去った時、教室には計20の班が誕生していた。
 仲が良い者同士がうまく集ったアタリ班もあれば、当然その逆のハズレ班もある。では我らが同村はどうかというと…う~ん、微妙。どちらかというとハズレ?別に仲が悪いわけではない。しかし中が良いわけでもない。同村が送り込まれたのは14班、そこにいたのはこれまでお互いほとんど話をしたことがないメンバーだった。
 やはり集まった瞬間、その場には明らかな戸惑いがあった。誰が口火を切るか探り合う空気も一瞬流れた、しかし…。
「こんにちは、遠藤美唄です、初めまして!あ、全然初めましてじゃないけど、なんかそんな感じ。14班、よろしくです!」
 読者のみなさん、漢字読めましたか?最初に明るい笑顔で挨拶した彼女の名は、自己紹介の通り遠藤美唄(えんどう・びばい)。茶色がかった肩までの髪に、大きな瞳が印象的だ。春らしい水色のブラウスにジーパン、化粧は控え目。まあ医学部には女性が少ないというのを抜きにしても、同学年の中で十分に可愛いといってよいのではないだろうか。無邪気というか天真爛漫というか、彼女のノリはいつもこんな感じだ。本人に計算の意図はないのかもしれないが…可愛い上にこのノリなので、女子の一部からは少し冷たい視線を向けられている。小学校なら間違いなく人気者のタイプなのだが、大学生、しかもこの年齢ともなると…色々難しいらしい。
「へぇ、遠藤さんの名前、『びばい』って読むんだ。珍しいな~」
 続いて口を開いたのは長猛(ちょう・たけし)。相当若作りしているが彼の実年齢は32歳。黒の革ジャンとタイトなズボンに身を包み、グラサンとバイクで通学する青年。
「そういえばみんな『びばいちゃん』って呼んでるもんな…」
「ちゃんとワープロでも変換できますよ、長さん」
「あ、俺のこと知ってるの?俺、長猛ね。オッサンだけどよろしく」
 そこで長はメンバーに会釈してみせた。医学部という所には、何年も浪人を重ねた者や他学部や社会人を経験して改めて入学した学生もいる。彼が例外中の例外というわけではない。しかしまあ少なくともこの教室においては最長老であり、いつしか彼は浪人生グループのボス的存在となっていた。彼が自分で自分をオッサンと自虐的に呼ぶのも…まあわからないでもない。
「よろしくです!呼び方は長さんでいいですか?」
「いいよ。じゃあ俺も美唄ちゃんって呼ぶわ」
 この2人のおかげでその場の戸惑いは若干弱まり、他のメンバーも口を開き始めた。ちなみに、今教室内のあちこちで各班がこんなやりとりを行なっているところ。ランダムに決められたポリクリ班…理不尽ではあるが学校に対してそれを抗議する者はいない。良くも悪くもそれが医学生というものだ。
「同村重一です、よろしく」
「俺は井沢ね、井沢大輝。井沢でも大輝でもどっちでもいいよ。いや~なんかすごい班だなこりゃ!」
 そう言ってさわやかに微笑むのが井沢大輝(いざわ・だいき)。チャラいとまではいかないが、適度に垢抜けた彼は同学年だけではなく後輩にも先輩にも顔が広い。所属はサッカー部、言うなればメジャーな青春を送っている男だ。それなりのハンサムに人当たりのよい柔らかい空気は、根暗な同村や年配の長よりは明らかに第一印象がよい…あ、こりゃ失敬。
 明るく「よろしく、同村くん、井沢くん」と返す美唄に、井沢は「よろしく、美唄ちゃん」と軽くウインクしてみせる。このいやらしくない力加減の馴れ馴れしさが、顔の広さの秘訣なのかもしれない。ちなみに同村はその隣で無言…う~ん。
「秋月…まりかです」
 ようやく口を開いたのが、秋月まりか(あきづき・まりか)。ご記憶かな?先ほど白衣を一番最初に受け取っていた出席番号1番。地味なトレーナーにマキシスカート、多めの黒髪を後ろで束ね、小さなメガネが印象的だ。オシャレなどにあまり興味がないのか、小柄と丸顔のせいもあって何となくやぼったく…こりゃまた失敬、落ち着いて見える。化粧もしていないのかというほど薄い。
「よろしくお願いします」
 彼女は小声でそう言い、明らかに建前で笑う。
「よろしく、まりかちゃん!よかった、女の子がいて」
 まりかとはある意味対照的なオーラを持った美唄が元気一杯の笑顔を向ける。それを受けてまりかは少し困った顔。
「秋月さんって4年間ずっと特待生だよね。すごいや、この班!」
 長もそう言って笑う。井沢も「だからさっきそう言ったじゃないっすか、長さん」と合わせた。
 14班メンバーはそこで改めてお互いの顔を見る。まだ戸惑いは拭いきれないが、美唄と長はこの場を楽しいものにしようと笑顔を作っている。
 1学年100人ちょっとで、基本的には同じ顔ぶれで4年間過ごしてきたのだから、お互いもちろん顔と名前くらいは知っている。同学年の中にもいわゆる友達グループから、部活仲間や県人会などいくつかのコミュニティはあるが、この5人は見事なまでにこれまで接点がなかった。
 いつも授業では最前列の席に座って黙々と勉強している特待生のまりか、明るく無邪気だがそのせいか女子からは浮きがちな美唄、顔が広多くの交友関係を持つ井沢、特に望んだわけでもないのに年齢のため浪人生グループのボスになっている長、そして特定の友人…つまりは山田としかほとんど話しをしない同村。
 と、そこで久しぶりに同村が口を開く。
「あれ、この班は5人の班だっけ?」
 長がそれに答えた。
「そういやおかしいな、確かにいくつか5人の班もあるけど、この班は…ええと、プリント見てみよう。ほら、14班だから…6人いるはずだよ。あと…向島さんだ」
「向島さん!この班、すごすぎ!」
 と、井沢が大きく言った。
「向島さんって、確かもともと1学年上の人だよね」
 同村も口数が増えてきた。頑張れ、主人公!
「そうよ。MJさんは去年の進級試験に落ちて、4年生を2回やったの」
 美唄が少し声のトーンを落として話す。留年そのものはこの大学では珍しいものではないのだが…まああんまり大声で話すのは気が引けたのだろう。そこで長が「MJ?」と不思議そうに聴き返す。
「あ、そうなんですよ。私と向島さんは同じ音楽部で、そこではあの人自分のことを『MJK』って言ってるんです。名前が向島圭だから頭文字でMJK。私はMJさんって呼んでますけど」
「へえ~、でも、この1年ほとんど教室で見かけなかったな」
「忙しくてほとんど学校来ませんから。変人なんですよ、ハハッ」
 そこでまた美唄は笑う。今度は同村が「忙しいって、バイトとか?」と尋ねた。
「ううん、多分音楽」
「音楽って…部活?」
 同村のその問には井沢が答えた。
「あ、聞いたことある。あの人、音楽なんかすごいらしいね。自分でCD作ったり、ライブハウスでライブやったり、プロのミュージシャンと仕事したりもしてるって。医学生なのに…そりゃ留年するでしょ」
「まあそんな人なの。今日も来れないかもって言ってたから、私が代わりに白衣とネームプレート受け取っちゃった」
 半ばあきれ顔の井沢に美唄は笑顔のままそう言う。同村は興味深そうに「すごい人だね」と呟いた。
「じゃ、この6人ってことで、1年間頑張りましょう!エイエイオー!」
 そこで美唄が拳を振り上げるジェスチャー…さすがにここまでくるとどうだろう。いかに無邪気で可愛いとはいえこのノリにはみんな呆然、長もかろうじて苦笑いしかない。
「じゃ、今日はこれで終わりかな」
 と、井沢。長も「よし、じゃあ来週からよろしく!」とその場を終わろうとしたが…。
「違うわ」
 まりかが、かな~り久しぶりに口を開いた。
「…何?まりかちゃん」
 と、美唄。まりかはためらいがちに答える。
「ほら、喜多村さん言ってたじゃない。班の中で役職を決めて、提出してから帰りなさいって。だから…」
「あ、そうだよ!」
 同村も言う。周囲を見れば、他の班はすでにその作業に入っているようだ。しっかりしてくれよ、14班諸君。
 長が「うっかりしてたなあ」と頭を掻き、井沢も「俺もうっかり…。ええと、役職は何があるんだっけ」とまりかの方を見た。
「プリントに載ってるわ。ええと、班長、副班長、5年進級試験対策委員、卒業試験対策委員、国家試験対策委員、卒業アルバム委員」
 まりかは小声だが流暢に説明する。
「じゃあ、決めようか。まずは班長だが…」
 長がそう言いながら近くの机に軽く腰かける。同村と美唄も同じように机に座り、井沢もそれにならった。まりかだけはきちんと椅子に腰かける。…この辺りも、特待生の風格だろうか。
「班長は長さんでいいんじゃないですか?」
 と、美唄。何がそんなに嬉しいの…というくらいこの役職決めに彼女はワクワクしている。
「いやそりゃまずいよ。年長者の俺が仕切っちゃ…」
 長が慌てて断る。確かに現役で医学部に入学している同村や井沢、まりかたちからすれば長は10歳年上になる。美唄も1浪だから、まあほとんど同じ感じだ。ひとまわり年上である長、明るく振舞っている彼だがきっと彼なりに多くのストレスを感じているのだろう。すでに一部で望まぬボスになってしまっている彼は、さすがにここでまでそんな存在になりたくなかったに違いない。
「だから、班長とかは俺以外の誰かがやりなよ」
 長はそう言って微笑んだ。その顔には、やはり少しシワが現れる。
「そうですか?う~ん、それじゃ…」
 美唄はそう言って大袈裟に首をかしげた。同村が「班長って、どんなことするんだろう」と投げかけ、井沢がそれを拾う。
「特にそんなに仕事はないみたいだけど…先輩に聞いた話じゃ、時々学務課に呼ばれて連絡事項聞いたり、病院実習で先生に最初に口頭試問されたりするみたい」
「そうなんだ…」
 同村が少し怖気づく。
「じゃあ、まりかちゃんがいいんじゃない?今だって、ちゃんと学務課さんの話聞いてたし。それになんてったって特待生だし、口頭試問もバッチリじゃない?」
 美唄が嬉しそうにまりかに向き直る。長も「そりゃ頼もしいな!」と同意し、井沢も「確かに…」と少し悔しそうに言う。同村も無言で彼女を見た。
 4人の視線の中、特待生の口が静かに開く。
「別に…いいけど」
 嬉しそうでも嫌そうでも泣く…その顔には感情が見えない。
「おっしゃ、じゃ、班長はまりかちゃんで決定!」
「お願いね、まりかちゃん!」
 長と美唄がまたそこで盛り上げる。
「よろしく、秋月さん」
 同村もそう言った。まりかは「そんな大袈裟な…」と小声で言いながら、少し恥ずかしそうにさっそくプリントの余白に、『班長・秋月』と記入した。
「よ~し、この調子でどんどん決めよう」
「そうっすね長さん。他の班とかもう決めて帰り始めてるみたいですし…急いで決めましょう」
 井沢がそう言うと美唄がいきなり手を上げた。
「ハ~イ、じゃ、立候補いいですか?私、卒業アルバム委員やりたいです!」
 そのノリに少し圧倒されながらも、同村が答える。
「他に希望者がいなけりゃ、いいんじゃない?卒業アルバム委員って、みんなの写真撮ったりするんでしょ?なら、やりたい人がやったほうがいいよ」
「…賛成」
 まりかも小声で同意した。
「じゃ、アルバム委員は美唄ちゃんで!」
 と、長。それをまたまりかが筆記する。
「じゃああとは4つか…副班長、5年進級試験、卒業試験、国家試験…。長さん、じゃ、副班長ならどうっすか?」
 井沢がそう言って長を見た。美唄も「そうですよ、もう逃げるのなしです!」とたたみかける。
「わかったよ、了解です。秋月班長の補佐、頑張りますぜ」
 長はそう言って腰掛けていた机を降り、背筋を伸ばしてみせる。
「そんな…」
 まりかはそう言いながらまた筆記する。
「あとは3つ…、同村、お前は何か希望ある?」
 いつの間にか井沢が場を仕切っていた。前半が美唄・長ペースだったので、自分をアピールしたくなったのかもしれない。
「いや、特に…」
 同村くん、君はもっとはっきりしなさい。主人公なんだから。結局井沢が先に言う。
「じゃ。俺、国家試験対策委員やるよ。先輩に聞いたんだけど、これって他の大学とかから情報集めたりするらしいから…ほら、俺、他の医大にも友達いるし。…いいですか、みなさん?」
 みんなを見回す井沢に、長は「もちろん」、美唄は「うんうん!」と同意した。
「じゃあ、俺は…5年進級試験対策委員にしようかな。今年留年しちゃったら来年卒業試験対策できないし」
 と、同村も続く。確かに君の4年進級試験の成績では…それもありうるぞ。しかし、いきなりネガティブな発言だ。
「大丈夫よ、同村くん!まりかちゃんいるし」
 と、美唄。長が「そうだよ同村くん!じゃあこれで2つ決まり!」と促し、まりかが2人の役職を筆記した。
「ええと…じゃあ、残った卒業試験委員が…向島さんでいいのかしら」
「うん、多分なんでもOKと思うよ。私、後でメールしとくから」
 美唄のその言葉に、まりかは『向島さん・卒試』と筆記する。残りの4人も、改めてまりかのメモを覗き込む。
「これで…決まりだな!」
 と、長。美唄が「14班、誕生だあ!」とまた嬉しそうに言った。
「よし、じゃあみなさん1年間よろしく!」
 井沢も言い、同村も無言で頷く。
「じゃ、みんな、来週月曜日は…」
 そこでまりかはプリントをめくり、年間予定表のところを見る。おそらく、喜多村が説明している間に一通り目を通していたのだろう。…さすがだ。
「14班は産婦人科からね。医局に8時半集合だから…着替えて学生ロビーに8時15分集合にしましょう」
「さすが班長!わかりました!」
 美唄に続き、他の3人も同意する。
「じゃあ、私は今決めた役職を学務課に提出しておくから、今日はこれで解散です」
 まりかがプリントをそろえながらそう言った。どうやら、彼女を班長にした人選は正しかったようだ。
 彼女の言葉で、その場は解散となる。気がつけば、周囲の班はほとんど帰ってしまっていた。それにしても、解散して教室を出る時も元気なのは美唄だ。「いや~ついに動き出したね。みんなよろしく~!」などと1人で喋っている。まったく、このパワーはどこから来るのだろう。
「さっそく1人いないけどな」
 と、小声で同村。コラコラ、そんな時だけ発言するんじゃない。
 まあそんなこんなでみなさん、どうです?14班の面々、憶えられそうですか?これは彼らの1年間の物語です。

 では、彼らの放課後の動きも少し追ってみましょう。時刻は午後6時、ビジネスマンや週末を楽しむ若者たちで溢れる地下鉄『南新宿駅』。その自動改札に向かっているのは、同村。
「同村くーん!」
 背中に元気な声が飛んでくる。その主はやはり…。
「遠藤さん」
 振り返るとそこには笑顔100パーセントの美唄。
「遠藤さんもこの駅なんだ」
「そうだよ、方向も同村くんと一緒!」
「え?」
「だって時々車内で見かけてたもん!4年間も同じ学校通ってるんだから…」
 そう言って目の前まで歩み寄ってきた美唄に同村はドギマギしながら答える。
「あ、そうなの」
「も~。今日も1人でサッサと帰っちゃうし」
「ごめんごめん。じゃ、一緒に帰ろうか」
 この同村という男、別に女性に興味がないわけではない。ただ彼は何に関しても考え過ぎてしまう性格で、結局考えるだけで何も動かずに終わってしまうことが多い。美唄に対しても、少なくともそこら辺の男どもと同じくらいには可愛いと感じているはずだ。まあ今は可愛さより彼女のノリに対する戸惑いの方が先立っているのかもしれないが。美唄のことを『遠藤さん』と呼ぶのも彼の偏屈さと度胸のなさの表れであって、別にフェミニストというわけではない。井沢や長のようにいきなり『美唄ちゃん』なんて呼ぶ感覚には、彼はどうも抵抗を感じてしまう…そんな面倒臭い性分なのだ。
 彼自身も積極的に交友関係を広げられない、そんな自分を悩んだりもしている。親しくなれた山田とは一晩中飲んで語ったりもできるのに。だから彼にとって今回の班のように強制的にチームにされることは、新しい交友を広げる数少ないきっかけなのだ。
 かくして珍しく女子と下校することになった同村、一緒に改札を通りホームへの階段を下る。前も後ろも人だらけ、美唄はいつしか彼の後ろに回りまるで子供のようについてきていた。同村が時々振り返ると、彼女は無言で微笑む。
 同村は少し意外だった。彼女のことだから、並んで歩いてまたあのノリで話をするものと思っていたからだ。
 やがて2人はホームに着き、電車を待つ行列に並ぶ。
「ああもう本当に人が多いね、嫌になっちゃう」
 美唄はまた元のノリに戻っていた。
「そうだね。…遠藤さんはどこまで乗るの?」
「私は四ツ谷4丁目。同村くんは?」
「俺は、新宿御苑北」
「そうなんだ!同村くんとこんなふうに話すのって初めてだね。色々迷惑かけちゃうかもしれないけど、1年間よろしくね」
「こちらこそ」
 彼女のよろしくはもう何度目だろうか。そのうち電車が到着し、2人は乗り込むが当然座れるはずもない。
「でもある意味すごいよね、うちの班」
「ん?」
「だって、今までほとんど話したことない人だらけじゃない?同じ学年だけど、みんなグループが違うって言うか、世界が違うって言うか…。私と向島さんはまあ部活が同じだったけど」
 2人とも吊り革を掴みながら話す。
「確かにそうだね」
「いろんな世界の有名人が集結、なんかアーティストのコラボレーションって感じ?」
「有名人…確かに、俺以外はそうかもね」
「同村くんだって有名じゃん。いつも山田くんと一緒にいて、休み時間とか授業中もいつも何か書いてるし…。文芸部で、色々小説とか応募してるんでしょ?」
 これには同村も驚く。別に隠しているわけではないが、同級生で自分のそんな活動を知っている者などほぼいないと思っていたのだ。
「遠藤さんって…クラスのみんなをよく見てるんだね」
「そっかな~?でもすごいじゃん、小説なんて」
「いや、別に全然たいしたもんじゃ…。遠藤さんこそいつも…その…元気で、すごいと思うけど」
「あ、今、言葉選んだでしょ?」
 美唄は少しだけ強い口調でそう言った。
「あ、いや」
「いいよ、別に」
 そこで初めて彼女は同村から視線を逸らし、窓の外を見た…といってもこれは地下鉄、車窓は闇の中に時々無機質なライトが流れていくのみ。
「私もね、わかってるの…みんなと何か違うって。でも、やっぱり明るくいたいし、そんな自分が好きだから」
「いや、遠藤さんがすごいって言ったのは本心だよ」
 同村は美唄の横顔に向かって必死に取り繕う。
「俺も君みたいなパワーがほしいって思うよ。いやあの、その」
「フフッ」
 そこで美唄は笑い、再び同村に顔を向ける。
「確かに同村くん、普段おとなしいもんね。私と同村くんを足して2で割ったら丁度いいのかも」
「そうだね、ハハ」
 同村も合わせて笑う。その時、車内放送がかかった。
「次は~新宿御苑北、新宿御苑北です」
「もう付いちゃうね、同村くん。今度14班で飲み会やろうよ。せっかく1年間一緒なんだから、仲良くなりたいし」
「そうだね、ぜひ」
「4月は部活の勧誘とかあるし、ポリクリ始まったばっかりだから…落ち着いた頃に企画しよ!」
 そこで電車は駅に到着する。
「了解。じゃ、遠藤さん、また月曜」
 同村は人ごみを掻き分け、開いたドアからホームに下りる。ドアが閉まり、振り返ると窓からは笑顔100パーセントで手を振る美唄。さすがに手は振れず、同村は少しだけ微笑んでそれに応えた。そして電車はホームを去った。
「今までで一番…楽しい帰り道かもな」
 そう呟くと、同村は少しはにかんだように改札に向かう。ドラマじゃあるまいし、視聴者がいるわけでもないのにこんな独り言を言う…同村とはそういう男なのである。

 さて、同じ頃まりかはというと…彼女は学務課に14班の役職表を提出した後、その足で学内の図書館に立ち寄っていた。まだ春休み、学生たちは部活勧誘の準備に明け暮れている3月末だ。図書館の利用者はほとんどいない。そんな静寂の中で彼女は机に座り、医学書を読みふけっている。確かに部活無所属の彼女にとって勧誘は関係ないのだが…それにしてもまだポリクリも始まってないのにいきなり勉強とは。読んでいる項目は『産婦人科』。
 来週の予習ですか…ご苦労様です。邪魔しちゃ悪いので、彼女の描写はこの辺で。

 夕暮れの新宿通り、車のヘッドライトとテールライトが流れる道路を1台のバイクが走っている。そう、長である。ゴーグルの下のその顔には先ほどまでの笑顔はない。
 …きっと随分無理をして若い同級生たちに合わせてくれたのだろう。そのストレスを吐き出すような排気ガス、そして若き日のヤンチャを髣髴とさせるようにバイクは唸り声を上げている。
 ご苦労様でした。どうか、安全運転で!

 教育棟の学生ロビー。井沢はまだ帰らず、サッカー部の同輩たちとソファで駄弁っていた。今日の夜8時から部員で飲みに行く予定であり、今はそれまでの時間潰しだ。
「確かに、大輝の班はすごいよな、個性派だらけで」
 同級生の古川哲夫が言う。井沢が「そうなんだよ哲ちゃん…今までほとんど話したことないメンツでさあ」と缶コーヒーを飲みながら答える。
「でもこの班で1年間やんなくちゃいけないんだもんな。俺、合わせて仲良くなるの得意だから大丈夫だと思うけど…。あ、でも向島さんは痛いかもな」
 彼の言動は…先ほどまでのものとはどこか雰囲気が違う。言うなれば『人当たりよいモード』から切り替わった感じか。
「向島さんか…今年度もほとんど学校に来てなかったもんな」
 と、古川。
「そうだよ。なんか音楽やってるらしいけど、もう5年生だろ?留年したり学校休んでまでやる意味あんのかなぁ?ちゃんとポリクリに来てくれんのか、不安になってきた。あの人が勝手に1人で留年するのはいいけど、連帯責任とかマジ勘弁」
「あの人入学した時、先生に『僕は医者になりません』って言ったらしいぜ。先輩が伝説だって言ってた」
「ああ~わけわかんねえ。哲ちゃんの班がうらやましいよ」
 井沢が頭を抱えて言う。
「確かに、仲いいやつ結構揃ったからな…楽しくなりそうだよ。でも大輝、もっとハズレの班もあるぞ。人間関係ドロドロ同士が一緒になっちゃった班もある」
「そっか、じゃ俺はまだいいか」
「そうだよ。それにポリクリって結構チームプレーのようで個人プレーだって言うしな。先輩とかから情報もらって、うまくやろうぜ」
「ま・か・せ・な・さ~い」
 そう言って井沢はコーヒーを飲み干し、缶をゴミ箱に投げ入れる。
「ナイッシュ!よし、今日は六本木、飲むぞ~」
 同じ大學とはいえ色々な放課後があるものですね。それにしても学生が六本木かよと思われたかもしれないが…ここは私立医学部、そういう世界なのです。全員がそうとは言わないが、まあそういう連中もいるということで。でも、飲み過ぎには御用心!

 都内某所、『紫苑スタジオ』。薄暗い室内でレコーディング機材に囲まれ、ヘッドホンで音を聴きながらボタン操作をしている男が1人。子供のように瞳を輝かせ、口元からは思わず喜びがこぼれている。少し長めの黒髪に緑色のジャンバーをまとい、全身で音楽に向かっているこの男こそが…そう、お待たせしました。ようやく登場!MJKこと向島圭(むこうじま・けい)です。彼はすでに8時間以上も、このスタジオにこもり、自作の曲の編集にあけくれている。もちろん全て自らの意志で。そして何も特別なことではなく、これが彼の日常なのだ。
「よーし…」
 小さくそう漏らす。そこで向島はヘッドホンを外し、タバコに火をつけた。…どうやら一休みのようだ。ゆっくり煙を吸い込み、ニコチンが全身に染み渡るのを噛み締める。そして吐き出した煙を追ってゆっくり見上げた天井…ここは彼にとって天国に一番近い場所。
 …ブーン。
 ポケットの携帯電話がバイブした。彼はタバコをくわえたままそれを確認する。メール着信だ。
『美唄です!MJさんと私、同じ班になりましたよ!14班です!来週月曜日、8時15分学ロビ集合、産婦人科、よろしくです!MJさんの白衣と名札はロッカーの上に置いときました。
 今日も音楽ですか?頑張ってくださ~い!音楽部の勧誘ライブもよろしくです』
 美唄はメールでも相変わらずのノリだ。彼は無表情で一読するとすぐ携帯電話をしまう。そしてタバコを灰皿に置くと再びヘッドホンを装着した。何やら機材のボタンを操作する…同時にまた彼の瞳が輝き始める。
 どうやら作業はまだまだ終わらない感じだ。…これはこれでご苦労様です。

 というわけで、14班結成の夜は、まさにバラバラに更けていくのでありました。  最後にもう一度主人公を見てみましょう。地下鉄駅を出た同村は、途中のコンビニで弁当を買うとそのままアパートに戻っていた。そしてテレビを相手に夕食をすませると、勉強机に向かった。
 彼は今日喜多村から配られた資料に少し目を通す。14班が年間に各科を回る順番、週明けから始まる産婦人科のスケジュール…だが文字を追ってもなかなかイメージが浮かばない。実際の病院の中での実習…それはまさに未知との遭遇であった。
「まあ、考えても仕方ないか」
 また独り言でそう言うと、同村は資料を閉じ、ノートパソコンの電源を入れる。そう、文芸部の彼にとってまさに至福のひと時が始まるのだ。無口な男が紡いだ数々の物語、何次元もの宇宙がこのパソコンには詰まっている。
 そしていつものように昨日の執筆の続きに入ろうとした彼であった。…が、その指がキーボードの寸前で止まる。
「俺が小説なんか書いてること…遠藤さんは知ってたんだ」
 同村の頭に今日の美唄の姿が浮かぶ。そしてわずかに微笑むと、彼の指は小説ではないものを打ち込んだ。
 そしてそれをプリントアウトすると、正面の壁に押しピンで留める。
「頑張らないとな…」
 満足そうにそれを見る同村。まあ自己陶酔はほどほどに、来週からのポリクリ、ぜひ頑張ってくれたまえ!

 ではではこれにて、プロローグはおしまい。読者のみなさま、1年間ごゆるりとお楽しみください。

★すずらん医科大学 ポリクリ14班
班長
:秋月 まりか
副班長
:長  猛
5年進級試験対策委員
:同村 重一
卒業試験対策委員
:向島 圭
国家試験対策委員
:井沢 大輝
卒業アルバム委員
:遠藤 美唄

4月、産婦人科編に続く!

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