旧美唄病院コラム

2011年10月『新病院調査ファイル(2) 踊る開設準備室』

 私の名前はムーン、刑事である。前回に引き続き、上司のカイカン警部とともにとある医療法人の新病院を調査中だ。江別市のJR高砂駅前に私たちは確かに建設中のその建物を発見した。さらに詳細な情報をつかむため、警部の指示で勢いよく愛車を発進させた私であったが・・・今は又こうしてここに戻ってきてしまっている。そう、マックスバリューの駐車場に。
ムーン「警部、いったいなんなんですか。また戻ってきちゃったじゃないですか」
カイカン「何をプリプリしてるんだい!だから、ケーキ屋に言ってこうしてケーキを買ってきたんじゃないか」
ムーン「ですから、なんでケーキだけ買ってまたここに戻ってきたのかを聞いてるんですよ。まさかここでおやつタイムですか」

 警部の下についてもう何年にもなる。一見意味不明に見えるこの上司の言動も結局事件解決への計算されたアプローチなのだということはいやというほど経験している。しかし・・・やっぱりイライラはしてしまう。そんな私の気持ちなんかお構いなしに警部はケーキの箱を大事そうに抱えてのほほんとしている。・・・ムカつくなぁ。

カイカン「おやつタイムか。。。まあそれもいいかもね。風も気持ちいいし。オープンカーはこういう時いいね」
ムーン「あのですね・・・」
カイカン「それよりもあれを見てごらん」

 そこで警部は左のほうを指差した。その指の先を見ると・・・そこには看板、そう大きな看板がマックスバリューに設置されている。さっきは建設中の建物にばかり気をとられて気がつかなかった。
ムーン「あれは・・・新病院の看板ですね。職員募集の案内もあります」
カイカン「ねえムーン、江別の新病院には今の美唄病院からのスタッフも引き続き勤務するんだろうけど、今よりも外来も入院も仕事が明らかに多くなるから職員はもっと必要だと思わないかい?」
ムーン「確かにそれはそうですね・・・。この立地なら江別だけじゃなく札幌から入職するスタッフもいそうですよね」
カイカン「その通り。でも例えば江別や札幌から就職希望者が来たとき、その面接を全部、美唄病院でやっていると思うかい?そもそも建設中の建物を見回ったりするのにもその日に美唄病院からスタッフが来てちゃ大変でしょ」
ムーン「それはつまり・・・」

 そこで警部は得意げに指をパチンと鳴らした。
カイカン「あるんだよ・・・開設準備室のようなものが・・・おそらくはこのマックスバリューの中にね」

 私は愛車を駐車すると、警部と共にマックスバリュー内に足を踏み入れた。飲食店からの甘い香りやゲームセンターからの音楽が飛び交う中、それはすぐに見つかった。「新病院開設準備室」・・・確かにそう表記されたドアが。
カイカン「・・・ビンゴ」

 そういいながらカイカンはそのドアの前に立ち中の様子を伺う。・・・まさか、突入ですか。
カイカン「じゃ・・・行くか」

1110_02 そういうと警部はドアを軽くノックする。すると数秒間の間隔をあけてドアが少しだけ開かれ、男性が半分だけ顔を見せた。
「どちらさまでしょか?」

 男性は神妙な面持ちだ。警部はゆっくりと答えた。
カイカン「実は・・・」

 数分後、私たちはテーブルを囲んで準備室のスタッフと談笑していた。警部のケーキが功を奏したようで、スタッフはあたたかく迎え入れてくれた。コーヒーに口をつけながら私はさりげなく室内を観察する。
・・灰色のじゅうたんの白い壁の大きな部屋。20畳くらいはあるか。それがつい立てで仕切られそれぞれに大きなテーブルや仕事デスク、パソコン機器などが置かれている。スタッフは所狭しと動き回っており、実際に我々が談笑している間にもついたての向こうでは何らかの話合いが行なわれていた。時折り漏れる声から推測するとどうやら設計の最終調整のようなものらしい。ちなみに先ほどの男性はこの準備室の室長さんであった。
カイカン「いやあそれにしてもお仕事中におしかけてしまってすいません」
室長「いいんですよいいんですよ、それにしても刑事さんが新病院を調べていらっしゃるとはたまげましたな」

 室長は江戸っ子のような威勢のいい口ぶりだ。
カイカン「美唄病院の建て直しの話は昔からありましたからね・・・それが実現間近となってるんですから、いやでも興味がわきますよ。ただ建物が新しくなるだけじゃなく、当然内容も変わってくるんでしょう?」
室長「そうですね。今度は色々な専門病棟・専門外来をやりたいと思ってます。お子さんからお年寄りまで、様々な心に関するお悩みに応えていけるようにしたいと思ってます。まあせっかく作るのですから、病室もきれいで使いやすいものを・・・なんて理事長先生と話し合ってたら、もうどんどんどんどんアイデアばかり出てきちゃって。まあ夢を広げた分、今は実現するのが大変って感じですかね」

 室長はまるで文化祭前の子供のように楽しそうだ。警部も一緒になってはしゃいでいる。そんな2人のやりとりをしばらく黙って見ていた私であったが、女性秘書が声をかけてくれた。
秘書「ムーンさん、コーヒーのおかわりはいかがですか」
ムーン「あ、すいません。ありがとうございます、いただきます」

 私はコーヒーを注いでもらいながら尋ねてみた。
ムーン「この準備室では普段どのような業務をされるのですか」
秘書「そうですね・・・まあ最初のころは設計の話とかが多かったですね。今建設が始まってからは実際の運営の話とか、就職希望者の面接とか・・・まあ色々です」

 警部の推理は見事に的中している。毎回ながらくやしい。
秘書「まあ、あとはみんなでこんな病院にしたいとか、あんなことがやってみたいとか・・・そんな夢をふくらませてばっかりです」

 この女性秘書も「夢」という言葉を使って微笑んだ・・・なんか自分にはしばらくこんな経験がないような気がして少しうらやましくなる。まあ実際に病院が動き出せばとてつもなく忙しいだろうから・・・その意味で今は夢を描くべき頃合なのかもしれない。・・・と、そこで私は思い出した疑問を口にする。
ムーン「病院の名前はもう決まってるんですか。江別心療病院、という噂もあるようですが」
秘書「名前・・・ですか。それがですね・・・」

 そこで彼女は少しもったいぶる仕草をしてから、とびっきりの笑顔で答えた。
秘書「まだナ・イ・ショです。でもきっと驚くわよ、フフフ・・・」 と、そこで警部から声がかかる。
カイカン「ねえムーン、建設中の病院の中を見せてくれるそうなんだけど、一緒に行くかい」
ムーン「え、よろしいんですか?」
室長「かまわんよかまわんよ、私が案内しますから」

 そんなわけで私たちは見学させてもらえることとなった。準備室をおいとましようとしたとき、さきほどの秘書が「よかったら読んでください」と1枚の紙を手渡してくれた。それは「風のすずらん便り」どうやらこの医療法人の広報誌らしい。ネーミングもこの江別からのイメージなのだろう。新病院のことや、それ以外の美唄メンタルクリニックや北広島メンタルクリニックの話題も載っている。
ムーン「本当に、色々とありがとうございました」
秘書「こちらこそ、ケーキごちそう様でした」

 こうして室長の後ろをついて私と警部は準備室を出た。警部が小声で聞いてくる。
カイカン「あの女性のスタッフとは何の話をしてたの」
ムーン「そうですねえ・・・、ナ・イ・ショです」
カイカン「何を言ってるんだ君は」

 ・・・やっぱり私がやってもかわいくないか。まあそれはさておき、いよいよ新病院内部に突入だ。

 刑事カイカンとムーンの調査ファイル、次回に続く!

(文:福場将太 写真:栢場千里)

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