コラム

コラム2016年2月「★短期集中連載★ 戦略部長の事件簿 消えた理事長像の謎(推理編)」

*この小説はフィクションです。

■第三章 〜疑惑〜

1

 午後1時を回った。俺は三人の容疑者を一人ずつ集中管理室に呼び出し事情を伺うことにした。この部屋を選んだのは、もし犯人なら少なからず犯行現場で不審な挙動を見せると思ったからだ。
 俺はあの後もずっと受付で見張っていたが、銅像を隠して持ち出そうとしているような人間はいなかった。また事務長が改めて建物内を隅々まで探したがそれも徒労に終わった。つまり銅像はあのわずか十五分の間に校内から忽然と消えたことになる…まるで手品のように。
「まったく…どうなってるんだ」
 そう呟いて溜め息を吐く。吹き抜けのガラスからは午後の陽光が優しくこぼれていた。気温も上がってきているので積もった雪の山も幾分は解けるだろう。
 …トントン。
 ノックに続いて「失礼します」と声がした。ロミだ。俺が「どうぞ」と返すと彼女はいつもよりやや厳しい面持ちで入室した。
 俺は彼女の視線に注目する。もし犯人なら銅像が置いてあった方を一瞬でも気にするはずだからだ。しかし彼女は俺の瞳を見つめながら近付いてくる。
「そんな恐い顔してどうされたんですか、高遠さん」
 微笑むロミ。少し調子を崩されながら俺は「ちょっと訊きたいことがあってね」と彼女に着席を促す。銅像を購入したことを知っているのは俺と事務長と理事長だけだ。つまり本来なら彼女は理事長の銅像なんてものが存在することも、この部屋に置かれていたことも知らないはずだ。ロミの笑顔は…果たして真か偽か。
「初めて入りましたけど…この部屋ちょっと寒いですね」
 腰を下ろしてロミが言う。
「コンピューターを置くための部屋だからね。加熱機器も置いてないし」
 俺がそう返すとロミはまたピンとこない感じで首を傾げる。そして、あっとひらめいたようにポンと手を打った。
「加熱機器ってストーブとかのことですよね。すいません、除夜の鐘とかを自動で打つ『鐘つき機』のことかと思っちゃいました。私、実家がお寺なんで」
 可愛い挙動も天然ボケも、疑惑の中では全て演技に思えてしまう。俺は「あ、そう」と愛想笑いを返し、本題に入った。
「詳しいことは言えないんだけど」
 そう前置きしてから彼女の今朝の行動を伺う。証言は以下のとおり。

●日渡ロミの証言
 朝7時45分に出勤しました。ちょっと時間があったんでカフェテリアを簡単に掃除してたらあの忘れ物の携帯電話を見つけました。8時頃ですね。それで高遠さんに電話をしました。いつも一番に出勤してらっしゃるのは知っていたので。
 それから高遠さんが事務所に来て、一緒に峰岸さんに携帯電話を返して、高遠さんが事務所を出ていってからはそのまま自分のデスクで仕事してました。出勤してきた他の事務員も私の姿を見てるはずです。上のフロアには行っていません。

→確かにあの十五分間、ロミは1階の事務所にいた。4階に駆け上がって銅像を盗む暇などなかった。完璧なアリバイがある。
 でも待てよ?そもそも俺が部屋を空けたのはロミに呼ばれたからだ。もし彼女が窃盗団の一員で、彼女が俺をおびき出している間に仲間が銅像を運び出したとしたら?
 …有り得ないか。彼女が俺を呼んだのは峰岸が携帯電話を忘れたからだ。そんなことまで計画できるはずがない。そもそも窃盗団が狙うようなお宝じゃないしな。いくら彼女の実家がお寺でも、理事長の銅像をまつったりはしないだろう。

 続いての容疑者は峰岸。もう一度システムを見てもらうという口実で呼び出した。昨日同様にエレベーターホールまで俺が迎えに行く。一緒に部屋に入った時、彼がすぐに銅像のあった方を意識したのを俺は見逃さなかった。
「何か気になりますか、峰岸さん」
 そう尋ねる俺にシステムエンジニアは不安そうに答える。
「あ、いや、すいません。銅像がなくなってるからどうしたのかなと思いまして」
 そういえばこいつには昨日銅像を見せたんだった。なくなってたら意識して当然か。
「すいません峰岸さん、実は改めて来て頂いたのは確認したいことがあったからなんです」

●峰岸健太の証言
 昨夜は依頼された給料計算システムの修理を終えて6時前に失礼しました。家に帰ってから携帯電話をカフェテリアに忘れたのを思い出して、今朝取りにきました。8時過ぎですね、受付で高遠さんから携帯電話を受け取りました。そしてそのまま帰りましたよ、仕事がありますので。今朝は受付に寄っただけで他のフロアには行っていません。

→確かに忘れ物の携帯電話はロミが見つけていたし、8時過ぎに受付で峰岸に会った。その後玄関を出ていったのも見た。
 でも待てよ?受付に来る前に先に銅像を盗んでいたとしたらどうだろう。俺が玄関を開錠したのは7時半。そのすぐ後に校内に入り、人目を避けて4階に駆け上がることは可能だ。そして8時に俺が部屋を空けた隙を狙って犯行に及んだ。その後に何食わぬ顔で受付に忘れ物を取りに現れたとしたら?
 …有り得ないか。確かに男の峰岸ならあの重たい銅像を動かすこともできるだろう。でもチャンスは数分だぞ?それにそもそも彼は職員でも学生デモないからICカードを持っていない。そのせいで校内GPSには認識されないが、逆にエレベーターホールから廊下に繋がる鉄扉を開けることもできない。つまりこの部屋まで辿り着けないのだ。

 三人目の容疑者が入室する。学生の織田咲枝。実は俺が一番疑っているのはこの女だ。昨夜も一番最後まで校内に残っていた…犯行の下準備でもしてたんじゃないか?今朝だって、タイムカードセンサーによれば8時05分に登校している。講義が始まる9時半までは随分時間がある。
 俺は彼女の視線に注意したが、特に銅像があった方向に注がれることはなかった。むしろそれは別方向、吹き抜けの方に向いている。
「どうかされましたか?」
 俺がそう尋ねると、彼女はこちらを見ずに答えた。
「ここまでは…積もっていませんのね」
「は?」
 彼女はようやく俺に視線を向ける。
「雪のことですわ。夜の大雪で吹き抜けの中庭にたくさん積もっていますのよ。だから2階の教室なんて吹き抜けが雪で塞がれてとても暗かったですもの。ご存知ありませんの?」
 …な、何なんだこの女。この口調…どこの貴族の出身だよ?営業の外回りだってここまでバカ丁寧じゃないぞ。
 戸惑う俺に彼女は不機嫌そうに眉をしかめる。
「何かご用なら早くして頂けませんこと?午後の講義にも出たいのです」
「わ、わかり申した。詳しい事情は言えないのですが…」
 俺までかしこまってしまう。
「事情を伺えないのなら何もお話することはありませんわ、ごめんあそばせ」
「あ、ちょっと待って!」
 踵を返して出ていこうとする彼女を呼びとめる。もし犯人だとしたら…ここで逃がすわけにはいかない。仕方なく俺はこの部屋に置いてあった理事長の銅像が消失した経緯を説明した。
 一通り聞き終えると彼女は面倒くさそうに小さく溜め息を吐き、ようやく俺の聴取に応じてくれた。

●織田咲枝の証言
 昨夜は6時半まで2階の自習室で勉強してから帰りましたわ。受付であなたに会釈しましたわよね。今朝は8時過ぎに学校に来て、教室が開くまでカフェテリアで待っていましたわ。早く来たのに特に理由なんてありません、いつもそういう習慣なんですもの。銅像を盗むなんてとんでもないことですわ。

→怪しいぞ、この女。言葉遣いも怪しいが今朝校内にいた人間の中では一番アリバイがない。確かに8時15分にはカフェテリアに座っていた姿を俺自身確認しているが、その前の十分間…織田が登校した8時05分からのアリバイがない。その十分間の間に4階に駆け上がり銅像を盗んだのではないか?こいつは学生証を持っているから、あの鉄扉も開けられる。つまりこの部屋まで来られるのだ。
 でも待てよ?学生のこいつが銅像の存在を知っているはずはない。それに俺が部屋を空けるタイミングを計れるとも思えない。仮にそれができたとしても女一人の力で十分間の間に銅像を運び出せるか?
 …無理だ。もし可能だとしてもその方法を提示できなければ犯人として追及することはできない。

2

「ああ、どうなってんだ!」
 織田が去った後、部屋に一人残り考えるが一向にまとまらない。容疑者たちの証言をパソコンに打ち込み整理するが答えは見えてこない。謎解きをしてくれるシステムが欲しいくらいだ。

 日渡ロミは職員証を持っているのでこの部屋まで来られるが、犯行時刻には俺と事務所にいたという完全なアリバイがある。
 峰岸健太は男なので容疑者の中では唯一銅像を運べる体力がある。しかしアリバイがないのはわずか数分間、しかもICカードを持っていないのでこの部屋まで来られない。
 織田咲枝は学生証を持っているのでこの部屋まで来られる。アリバイも十分ない。しかし女の力で短時間に銅像を運ぶには何らかの仕掛けが必要だ。

 ああ、結局銅像を盗める人間なんていないじゃないか!それにどんなに考えても銅像を盗む理由がない。
 いや待てよ?誰かが俺を陥れるためにやったとしたらどうだ?この事件、客観的に見たら一番疑わしいのは俺だ。8時からの十五分間の間に盗まれたなんて、あくまで俺が証言していることに過ぎない。誰も犯人がいないとなれば、俺が疑われる。俺はタブレットでセキュリティシステムを操作すればどの部屋も開錠できるからな。俺なら十分に犯行は可能だ。
 これが動機か?俺をはめて失脚させるために誰かがこんなことを?確かに俺の栄光は妬まれてもしょうがないほど輝いているが。
 春には本社に帰りいずれ総合デジタルの頂点に立つ、初めてその自信がぐらつくのを感じた。その瞬間…。

「…てよ」
 ふいに頭の中で声がする。何だ?
「…うしてよ」
 この声…そう、それはとっくの昔に消去したはずの女のものだった。遠い記憶…東京の本社で俺のライバルだった女。いつしか将来を約束し合っていた女。そして自分の出世のために俺が切り捨てた女。別れの日にあいつは言った…「どうしてよ」と。
 何故突然思い出したんだろう、ずっと忘れていたことなのに。

 …くだらんバグだ。頭の中のスーパーコンピューターまでおかしくなっちまったのか?今は一刻も早く犯人を見つけなくちゃいけないのに!

■第四章 〜鉱脈〜

1

 …ピルルルル。
 午後3時。一人集中管理室でそのまま頭を抱えていると、胸ポケットのスマートフォンが鳴った。事務員の内海からだ。
「はい高遠。どうした?」
「お忙しいところすいません。昨日ご相談した職員休憩室の修理のことですが」
 またそれか。今はそれどころじゃない、こっちは人生がかかってんだ!
「昨日業者さんに来てもらって見積もり出してもらいました。来週から工事に入ってもらおうかと思うのですが…」
「勝手にしろ!」
 俺は怒鳴って電話を切る。そこでふと視線を感じて振り返ると、入り口に退室したはずの織田咲枝が立っていた。
「あれ、どうかされましたか?もう帰られて構いませんよ」
 彼女は無言のまま数歩近付くと、また小さく溜め息を吐いてから言った。
「教えて頂けませんこと?」
「は?」
「ですから、もっと詳しい状況を教えてくださらないかしらと申しているのです」
 彼女が俺を睨む。い、一体どういうことだ?
「どうせもう講義は遅刻ですし、気になって集中できそうにありませんもの。私が解いて差し上げますわ、消えた理事長像の謎」
「そんな…」
「あなたに任せておいて、万が一にも私が犯人にされてはたまりませんもの」
「あなたねえ…」
 そこまで言いかけて俺は思い当たる。織田咲枝…この名前、どこかで聞いたと思ったがもしかして!
 急いでタブレットを取り出し成績管理システムにアクセスする。やはりそうだ…本校始まって以来の秀才、それが彼女だったのだ。
「早くおっしゃってくださらない?時間がもったいないですわ」
 …落ち着け、俺。冷静になれ!この女は犯人かもしれないんだぞ?
 深呼吸して目の前の秀才を見る。その漆黒の瞳は知性…いやそれ以上の何かを灯していた。
 …賭けてみるか。どうせこのままじゃ埒が明かない。
 俺は決心する。

 彼女は今朝だけではなく昨夜のことも含めて、俺の見聞きしたこと全てを細かく聴取した。事件と関係なさそうなこともいくつも尋ねてきた。そして全てを聞き終えると、また小さな溜め息が吐かれる。
「…あの、何かわかりましたか?」
 彼女はそれには答えず席を立つと、室内を歩き始めた。そして銅像が置いてあった所まで行き、落ちていた布をそっと拾う。
「大きな布ですのね」
「え、ええ。銅像をすっぽり隠せるサイズですから」
 俺の言葉はまた無視される。布を置くと彼女は再び歩き出した。そして今度は吹き抜けの前に立ち、ガラスから中を覗き込んでいる。一体…何を考えているんだ?
「何か見えますか?」
 沈黙に耐えかねた俺は声をかけて彼女の横に立つ。才女はただ黙って吹き抜けのガラス窓を見つめている。
「あの…織田さん?」
「向かいの部屋の中が見えますのね」
 突然そう返される。確かに吹き抜けを挟んで向こう側にある部屋の室内がよく見えた。吹き抜けは全面ガラス張りだから当然だ。これは2階や3階の教室においても同じで、別の部屋の様子が見えることで適度な緊張感と開放感がもたらされる。ここを設計する時にこだわった点の一つだ。
「向かいは何の部屋ですの?」
「会議室です。テーブルや固定電話が置いてあるのが見えるでしょう?」
 彼女はそこで室内に振り返り「比べてこの部屋は殺風景ですのね」と呟いた。
「ここはホストコンピューターを管理するためだけの部屋ですから。パソコン以外は何も置いてないんです」
「ちなみにこのパソコン、インターネットに繋がりますの?」
「いいえ、外部からの侵入を防ぐために、ホストコンピューターは院内のシステムとしか繋がっていません。あ、何か調べごとでしたらこれを…」
 俺がスマートフォンを取り出そうとすると、「結構ですわ」と断られる。おいおいおい、いい加減にしろよ?さっきから関係ない話ばかりしやがって!俺様を誰だと思ってるんだ。実質組織ナンバーワンの戦略部長だぞ!
 今度は部屋の入口まで歩き、織田はドアノブをチェックする。
「内側には…鍵穴も鍵を回すツマミもありませんのね」
「ええ、ここは倉庫みたいなもんですから。出入りするのも俺だけですし。開け閉めは俺のタブレットか、事務長の持ってる合鍵を使うしかありません」
「こんな所に閉じ込められて…銅像も淋しかったのかしら」
 今度は何を言い出すんだよ。学校の怪談の二宮金次郎像じゃあるまいし、銅像が自分で歩いて出ていったとでも言うのか?
 そのまま部屋を出ていく織田。俺もうんざりしながら後を追った。廊下を進みエレベーターホールの前まで来ると、彼女はそこにある鉄扉も調べている。
「向こう側からこの鉄扉を開けるには学生証か職員証が必要ですのね」
「そうです。ここはスタッフフロアですから」
 彼女は部外者がICカードを使わずに侵入する方法を考えているのだろうか。それは無理だ。この鉄扉をすり抜けられるはずがない。犯人はICカードを使ったと考えるしかないのだ。
「でもこの鉄扉、こちら側からなら普通に開きますのね」
「ええ、出る時はカード認証は不要です。だってそうでしょう、部外者はそもそも入ることができないんですから」
 織田はドアノブを回しながら何やら考えている。まさか…本当に銅像が自分で出ていったとか思っているんじゃあるまいな?
 結局無言で集中管理室に引き返す彼女に俺も従う。無駄足だったか…この俺に解けない謎をこんな小娘が解けるはずがなかったんだ。

2

 集中管理室に戻ると彼女はゆっくり部屋の中心に歩く。そして俺を振り返るとまた小さく溜め息を履く。いい加減イライラして俺は尋ねた。
「あの、それで何かわかったんですか?」
「本当に…わかりませんわ」
「やっぱりわからないんですね。でしたら結構です、お引き取りを…」
「そうではありませんの。あなたは必要な全てのデータを手にしていらっしゃるのにどうして謎が解けないのか、それがわからないんですわ」
 まさか…。
「謎が解けたんですか?誰が犯人かわかったんですか?」
 彼女は平然と頷いてみせる。
「そんな…」
「ただしこれは窃盗事件ではございません。あなたがおっしゃったようにそもそも銅像を盗んで得する人間なんておりませんもの」
「銅像が欲しかったわけじゃなく、銅像を消すことで俺を陥れようとしているのかもしれませんよ」
「有り得ません。あなたを失脚させるため…という動機は無理があります。あなたを陥れるのなら、銅像を盗むよりもこの部屋にあるホストコンピューターを破壊する方がはるかに効果絶大ですもの」
 …この女なんてことを言うんだ。でも確かに、銅像はあくまでセレモニーのためのお遊び。それに比べてコンピューターは俺の本業。そちらでミスがあった方が俺にとっては致命的だ。
「じゃあ犯人はどうして銅像を盗んだんですか?」
「ですから盗んだわけではございませんのよ。ただそうせざるを得なかった、ということですわ」
 ますますわけがわからない俺に彼女は意外な質問をする。
「インディ・ジョーンズはお好きですか?」
「は?」
「ですから、インディ・ジョーンズの映画を観たことはありますかと尋ねておりますの」
 この秀才の頭の仲は一体どうなっているんだ?あのアドベンチャー映画の傑作と今回の事件にどういう関係がある?
「映画はシリーズで観ましたけど、それが何か?」
「第3作を思い出してみてください」
 漆黒の瞳が俺を見つめる。その背景には陽光が注ぐ吹き抜け…しかし日差しは弱まりつつある。
 言葉を失くした俺に彼女ははっきりと告げた。
「おわかりじゃありませんのね。ではご説明しますわ。一体誰が、何のために、どうやって銅像を部屋から消したのか。そして銅像は今どこにあるのかを」

■読者への挑戦状

 ここまでの物語で消えた理事長像の謎を解き明かす全ての情報は出揃った。それをやったのは本作中に登場するただ一人の人物である。美しきロジックによってその真相を解明せよ。優秀な頭脳を持った名探偵に、当法人の次期戦略部長の座を譲ろう。

TO BE CONCLUDED.

(文:福場将太)

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