コラム

コラム2016年1月「★短期集中連載★ 戦略部長の事件簿 消えた理事長像の謎(問題編)」

*この小説はフィクションです。

■プロローグ

 俺の名前は高遠次郎、このすずらんコンピューターカレッジの戦略部長だ。今や社会の多くの場面においてパソコンは必須スキル。将来に役立てようという若年層、職場のit化の波に押された中高年層、趣味やレジャーに活用しようという主婦層…たくさんの人間が学生としてこの専門学校に通っている。
 正確に言えば俺はここの社員ではない。東京にある本社『総合デジタル』から出向している身だ。総合デジタルは全国に同様のit関連会社を創設し運営している上場企業。北海道の地にこのすずらんコンピューターカレッジを建設したのは五年前。設計から携わった俺の任期ももうじき終わる。俺の計算どおり事業としてはすこぶる順調、その実績を手土産に本社に戻れば、そこには栄光の椅子が用意されている手筈だ。
「フ、フフ、フフフ…」
 4階の集中管理室で一人パソコンを操作しながら思わず笑いが込み上げてくる。ここにあるホストコンピューターにはこの学校の全てが掌握されていると言っていい。どれも俺が考案し組み上げたシステムだ。
 例えば成績管理システム、通称『成管シス』。これで学生たちの成績はもちろん得意分野・不得意分野まで一発でわかる。秀でた人材には目星をつけて本社にスカウトすることも忘れない。あるいは給料計算システム、通称『給計シス』。これで職員の出勤・欠勤・有給日数はもちろん、昇給・ボーナス・控除から福利厚生費まであらゆる計算が楽勝だ。他にも食堂のカロリー計算システム、空調・ボイラー管理システム、建物内の全部屋のドアの施錠・開錠を管理するセキュリティシステムなどなど…何もかもが俺の手の中にある。
 そう、システムがあれば人は必要ない…それが俺の座右の銘。
「フフフ…」
 少し手を止めて背伸びをする。ふと見ると外は今日も雪…夜はかなりの降雪になると天気予報も言っていたっけ。
 この建物は5階建てだが、その中心は空に口を開いた中庭からの吹き抜けが貫いている。その大きさはおおよそ3メートル×3メートル×15メートルの直方体。四面ガラス張りで各フロアの部屋もそれを囲むように配置されているため、差し込む陽光は室内の明るさに大きく貢献してくれる。吹き抜けは窓にもなっているから換気にも役立つ…まあ雪が入り込むこの季節はさすがに開けられないが。
 吹き抜けの中に舞い落ちる雪片を見ながらふと思う…いつか自然さえもコントロールするシステムを俺が開発してやると。

 そう、俺はもはや人間を超えた存在…この頭脳は上り詰めることだけをプログラムされたスーパーコンピューターだ。

■第一章 〜予兆〜

1

 …ピルルル。
 胸ポケットのスマートフォンが鳴った。画面を見ると事務員の内海。
「はい高遠。どうかしたか?」
「お忙しいところすいません、実は昨日ご相談した職員休憩室の件ですが…」
 電話の向こうの声はあたふたした様子で要領を得ない説明を続ける。全く…これだから人間は面倒だ。
「内海くん、もっとまとめてハキハキ言ってくれないかな」
「すいません」
「つまりあれでしょ?職員休憩室の水漏れを修理したいって。だったら君に任せるから最後まで責任持ってやんなよ、いちいち報告はいらない」
 内海はまだ謝りながら何やら説明していたが、いい加減うんざりして俺は電話を切る。
「ハア…」
 思わず溜め息がこぼれた。そこで腕時計を見ると午後4時半…そろそろだな。俺は席を立つと集中管理室を出る。そして廊下を歩き、その先のエレベーターホールに繋がる重たい鉄扉を開けた。
「あ、お世話になってます。大崎システム開発でございます」
 その場で待っていた男が俺に気付いて頭を下げる。約束どおりだ…やはりできる企業は時間にも正確だな。
「どうぞ、お入りください」
 俺は先ほどの不機嫌を消去すると、笑顔で客人を迎え入れる。そして一緒に集中管理室までの廊下を引き返した。
「お呼び立てしてすいません、峰岸さん」
「いえいえこちらこそ、高遠さんにはいつもお世話になって」
 峰岸健太は優秀な頭脳を持ったシステムエンジニアだ。俺がここで理想のシステムを開発し導入できたのも半分はこいつのおかげと言っていい。何か不具合が生じればこうやってすぐにアフターケアにも来てくれる。
 …やはり業者を選定した俺の目に狂いはなかった。こちらも失礼のないよう、他の事務員には任せず俺だけが対応の窓口になっている。
「いえいえ本当に助かっていますよ。ではさっそく見てもらいましょうか」
「はい」
 部屋に戻った俺は先ほどまで座っていた椅子に峰岸を誘導する。そしてパソコンを示し、どうも動作に疑問が残る給料計算システムのメンテナンスを依頼した。
「控除の計算がいまいち引っかかるんですよ。この辺り、法律的にも色々ややこしいじゃないですか」
「そうですね…ではちょっと失礼します」
 腰を下ろすと峰岸の目の色が変わる。そしてまるで二匹の蜘蛛が這いまわるように両手でキーボードを操り始めた。ふと見るとその指には結婚指輪…フン、こんな男でも愛なんて幻想にすがりついているのか。
 室内にはパチパチとタイプ音だけが響く。俺は少し離れて壁際に立つ。見ると吹き抜けに落ちる白い粒は勢いを強めつつあった。
 愛…すぐに消えてしまうこの雪のような存在。下手に根雪になれば余計に面倒な代物だ。そんなもの経営には必要ない。

 三十分ほど経過したところで、俺は後ろから峰岸に声をかける。
「いかがですか、何とかなりそうですか?」
 itに憑りつかれた男はそこでようやく手を止めこちらを振り返る。
「そうですね、確かに少しバグが出てます。でも…あと一時間もあれば修理できますよ」
 俺が「よろしくお願いします」と会釈すると、彼は部屋の隅に置かれた物体に気付いたようだった。まあコンピューターしか並んでいないこの部屋では、布を被ったあれが異質に映るのも無理はない。
「ああ、あれはですね、この学校の理事長の銅像です。等身大ですから結構大きいでしょう」
 峰岸は「銅像ですか」と不思議そうな顔をする。俺は布を少しめくってその一部を見せながら答えた。
「ええ。四月に開校五周年のセレモニーがありましてね、そこでお披露目するんです。一応サプライズなんでここに隠しているわけです。この部屋は私以外立ち入りませんし、もともと倉庫みたいな所ですから。
 あ、サプライズですから峰岸さんも内緒にしておいてくださいよ」
 まあ四月には俺は本社で柔らかい椅子に座っているだろうがね。
「ははあ、高遠さんは色々な仕事があって大変ですね」
 そんなことは…と言いかけたところで再び俺のスマートフォンが鳴る。画面を見ると噂をすればの理事長だ。峰岸にことわってからそれに出ると、彼もまたディスプレイに向かい作業を再開した。
「はい、高遠でございます」
「…高遠くんかね」
 相談があるとのことで俺は理事長室に呼び出される。雰囲気からして長い話になるかもしれない。
「すいません峰岸さん、席を外します。作業を終えられたら1階の受付に言ってから帰って頂いて結構ですので」
「わかりました」
 振り向かずに答える男を残し集中管理室を出ると、俺は一つ上のフロアの理事長室を目指した。

2

 密談を終え理事長室を出ると腕時計はもう6時。窓の外はすっかり日が落ちている…さすがは北海道。と、そこでまたスマートフォンが鳴る。今度は1階の事務長からの呼び出しだ。
「はい、高遠でございます。…わかりました、すぐに参ります」
 ヘイヘイ、任期満了までせいぜい女房役を務めさせて頂きますぜ。俺はエレベーターに乗り込み5階から1階へと向かった。

 午後6時半、事務長との相談もそつなくこなし俺は事務所のソファに長い足を投げ出す。大きく息を吐いてしばし自分の疲労を噛みしめていると、そっとイランイランの香りが寄り添った。この香水は…。
「お疲れ様です、高遠さん」
 そう言ってコーヒーを置いてくれたのは、予想どおり美人受付嬢の日渡ロミ。礼を言って一口飲むと、彼女はそっと微笑む。全く…有能な男はこうもモテるものか。
「まだ残っていたんだね」
「はい、ちょっと書類の整理をしていましたので。でももう帰りますけど」
「そう…あ、そういえばあの業者さんはもう帰った?」
 峰岸のことを思い出しそう尋ねた。しかし、彼女はピンとこないのか可愛く首を傾げて見せる。
「ほら、あれだよ。給計シスの控除のことで…修理の業者が来てただろ?」
 そこで彼女は手をポンと打つと大きく頷く。いちいち挙動が可愛らしい女だ。
「それでしたら5時半頃、作業を終えて帰られましたよ。受付に寄られて、よろしくお伝えくださいって…」
「了解」
 そう言って俺はスーツの内ポケットからタブレット端末を取り出す。このアイデアが俺の真骨頂。こいつを使えばどこにいても直接校内のシステムにアクセスできるのだ。確認すると確かに集中管理室のパソコンは電源が落とされていた。無事作業を終えたのだろう。動作確認は…まあ明日の朝でいいか。
 続いて俺は校内gps…すなわち位置確認システムにアクセスする。学生証も職員証もicカードになっているため、誰が今どの部屋にいるのかは一目瞭然。現在校内に残っている職員は俺とロミと事務長だけ。あと織田咲枝という学生が一人2階の自習室にいるようだ。
 はて、この織田咲枝という名前、前にどこかで聞いたような…?
「じゃあ私、失礼しますね」
 少し談笑してからロミが去る。数分待っているとタブレットの画面でロミの退勤が確認された。正面玄関のセンサーにicカードが反応し、職員や学生が出入りした時刻は記録に残るようになっている。つまりタイムカードの役割も兼ねているわけだ。俺は自分が作り上げたシステムの精巧さに身震いする。
 さて…学生が残ってよいのは7時までなのでそろそろ最後の一人も出てくるはずだ。コーヒーを飲みほしてソファを立つと、俺は事務所から受付に出た。そこにはちょうどエレベーターから降りてくる女性の姿があった。
「お疲れ様でした」
 俺がそう声をかけると、彼女は無言で会釈して去っていく。そして正面玄関を出たところで、タブレットの画面で織田咲枝の下校も確認される…素晴らしい。
 よし、これで2階から5階までもう誰もいない。セキュリティシステムにアクセスし、事務所を除く全フロアの全ての教室・全ての部屋のドアを施錠する。それがたったのワンタッチでできるのだ。人間がやるよりもはるかに速く正確に。
 さて、そろそろ俺も退勤するとしよう。事務所に戻り事務長に声をかける。もう帰ると言うので一緒に出て事務所、そして正面玄関を施錠する。
 フフフ…完璧だ。設備と人間を掌握するシステム、それを思いのままにするこの心地良さ…下々の者には生涯わかるまい。

 帰り道、夜の街に犬の遠吠えを聞いた気が舌。
 負け犬め、俺は上り詰めるぞ。いつかは本社さえもこの手の仲に…。

■第二章 〜勃発〜

1

 翌日7時半、俺は朝一番で出勤し正面玄関を開錠する。天気予報どおり明け方まで降り続いた記録的な大雪は道や屋根に積み上がり、交通機関を遅延させていた。しかしメインの道路や路線は優先的に除雪されたおかげでビジネスマンたちの出勤にもたらした影響はせいぜい小一時間程度。俺も普段より三十分遅れただけで済んだ。
 まったく…北海道の除雪システムはたいしたものだ。すずらんコンピューターカレッジも建物周辺に雪の山ができてはいるが、通学に必要なルートはちゃんと舗装されている。これなら学生も職員も問題なく来られるだろう。冬を想定してこの立地を選んで建設した俺の目利きは相変わらず冴えている。
「フフフ…」
 一人ほくそ笑みながら事務所を開錠しデスクに荷物を置く。そしてエレベーターで4階に上がると俺は集中管理室を目指した。開錠して中に入ると、朝の陽光が吹き抜けから入り込み室内は眩しいほど明るい。ホストコンピューターも、部屋の隅で布を被った例の物も、夕べと何も変わらない。
「さて、では動作確認しますか」
 俺はパソコンを起動すると峰岸に頼んだ給料計算システムの具合を見る。…さすがだ、見事に修繕されている。
 しばらく試運転していると、スマートフォンが鳴った。ロミからだ。
「おはよう日渡さん。どうしたんだい?」
「おはようございます高遠さん。今簡単にカフェテリアを掃除してたんですけど、携帯電話の忘れ物がありまして…いかがしましょう?」
 そんなことくらいで俺に訊くな、とも思ったが不思議と腹は立たない。やはり美貌というのも社会では立派な処世スキルなのだろう。それに業務外なのに自主的に掃除するなんていじらしいじゃないか。腕時計を見ると時刻は8時。
「わかった、今行くよ」
 カフェテリアというのは1階の片隅、自動販売機とテーブルが並べられたスペースのことだ。学生や職員、来訪客などが自由い使ってよいことになっている。
 ロミに缶コーヒーでもご馳走してやろうかと俺は1階の事務所に戻ったが、予想に反しコーヒーを用意してくれていたのは彼女の方だった。カップを受け取りながらソファでその忘れ物の携帯電話を確認する。
「学生さんのかな?ロックがかかってるから誰の物かはわからないね」
「そうなんですよ。落とした人は困ってないですかね」
 また彼女が可愛く首を傾げる。すると受付の方から「すいません」と声がした。すかさずロミが応対に出る。「どちら様ですか」と身元を確認するやりとりが少し聞えて、彼女が足早に戻ってきた。
「高遠さん、解決です。落とし主が現れました」
 そう言われて一緒に受付に出ると、なんと峰岸ではないか。頭をペコペコ下げながら、彼は昨日俺との約束の時刻までカフェテリアで時間を潰していたことを明かした。
「その時に置き忘れたんですね。それで朝一番に取りにいらっしゃったんですか」
「本当に恥ずかしい話ですいません」
「いえいえ、人間ならそんなうっかりは誰にでもありますよ。それより修理して頂いたシステムを先ほど確認しましたが、完璧でした。ありがとうございました」
「そんなそんな」
 恐縮して俺から携帯電話を受け取る峰岸。ロックも解除してみせたので彼の持ち物であることは間違いない。礼を言って正面玄関から出ていく彼を見送ると、俺は事務所に戻った。
「よかったですね」
 微笑むロミに「そうだね」と返すと、俺は残りのコーヒーを飲み干してから再び4階に向かう。途中カフェテリアで椅子に座って文庫本を読んでいる女性を見つけた。あれは…織田とかいう夕べ一番最後に帰った学生。腕時計を見ると時刻は8時15分。講義は9時半からだからまだ随分早い。勉強熱心なことだ。
 エレベーターで4階に戻ると、俺は集中管理室を施錠せずに来てしまったことを思い出す。まあ…このわずかな間に泥棒が入るとも思えないが。
「フフフ…」
 そう笑って部屋に入ると、俺は信じられない光景を見た。

 …ない!
 目をこすってからもう一度確認したが、やはり間違いない。なくなっているのだ…理事長の銅像が。被せられていた布だけが部屋の隅に落ちていた。
「そんな馬鹿な」
 思わず声に出して俺は部屋の中を捜索する…が、どう見ても室内にないのは明らかだ。部屋を出て周囲を探すが、他の部屋はまだ施錠されているし、一応開けて中を確認してもやはりどこにもない。廊下にも階段にもない。そもそも等身大の銅像だ。重さは50キロ以上ある。ほいほい持っていけるものではない。
 …落ち着け、落ち着くんだ、俺!
 腕時計を確認する。時刻は8時30分。タブレットの校内gpsにアクセスすると、職員も学生も少しずつ姿を見せ始めていた。
 9時になれば自習室や教室も開放しなければならない。事務長もちょうど出勤してきたので俺は急いで連絡し事情を告げた。間もなく青い顔をした事務長がやってくる。ひとまず二人で手分けして2階・3階を捜索することになった。

 学生たちが来る前になんとか全ての教室を確認したがやはり見つからない。5階は理事長室や講師室となっているが念のためそこも捜索する…が、どこにもない。出勤してきた理事長が汗だくで動き回る俺と事務長に気付いて声をかけてきた。やむなく事情を説明すると、その表情が見る見る曇っていく。
「高遠くん…もし四月の開校記念セレモニーに僕の銅像がなかったらどうしてくれるんだい」
「はい、申し訳ありません。必ず発見致します」
「当たり前じゃないの!」
 とにかく頭を下げるしかない。別の汗が噴き出てくる。ああ、俺の栄光が…こんなところで危うくなるなんて。
 平謝りでその場を去ると、俺と事務長は1階フロアも探索した。しかし一縷の望みを託すも空しく、やはりあの銅像が姿を現すことはなかった。やがて辺りは学生たちで賑わい始め、時刻は9時半を回った。
 …キーンコーンカーンコーン。

2

「どうしましょう、もう一度発注しますか」
 ひとまず事務所の奥の事務長室にこもり二人で対策を練る。
「高遠さん、あれは特注品だから今からじゃ間に合わないかもしれないよ。それにコストも相当かかってるからもう一体購入するというのは…。それより警察に通報したらどうだろう」
「警察はまずいですよ、事務長。そんなことしたら銅像を用意してることが広まってしまいます。サプライズじゃないとそもそも存在意義がなくなります」
 そこで事務長は「う〜ん」と頭を抱える。室内には沈黙が訪れた。
 落ち着け…冷静に考えるんだ。
 今朝俺は7時半に出勤してすぐに集中管理室に行った。あの時点では確かに部屋の隅に銅像は布を被った状態でいつもどおり置いてあったはずだ。あの時点でなくなっていたら俺が気付かないはずがない。
 そしてロミに呼び出されて部屋を出たのが8時。峰岸の忘れ物の件を終えて部屋に戻ったのが8時15分。その間わずか十五分だぞ?そんな短い時間に何者が侵入して銅像を運び去ったというんだ?
 あの重さだ、台車を使ったとしても相当スムーズに行なわなければ不可能だ。じゃあこれは計画的犯行?
 …待てよ、おかしいぞ。そもそも俺が朝一番で集中管理室に行ったのは偶然だ。ロミに呼び出されて鍵を開けたまま部屋を出たのも偶然だ。それを予測して銅像を運び出す計画なんて立てられるわけがない。
 じゃあ突発的な犯行か?いやそれこそ無理だ。たまたまあの部屋に入った誰かがその場の思いつきでわずか十五分の間に銅像を運び去るなんてできるわけがない。それこそスモールライトかどこでもドアでもなければ不可能だ。
 …わからない。そもそもどうしてあの銅像を盗む必要がある?確かに世界に一つしかない珍品だが希少価値があるわけではけしてない。インテリアや骨董品として売れるとも思えない。じゃあどうして?理事長の熱狂的ファンの仕業か?
「ねえ高遠さん…」
 事務長がようやく声を発する。
「考えたくはないけど、うちの職員の誰かが…」
 言葉はそこで止まる。確かに内部犯も考えにくい状況ではあるが外部犯はもっと考えにくい。俺はタブレットを取り出しタイムカードセンサーにアクセスする。そして今朝校内にいた人間を改めて確認した。
 それによれば7時30分にまず俺が出勤、続いて7時45分にロミが出勤している。そして8時05分にはあの織田という女学生が登校。そうそう、その頃峰岸も忘れ物を取りに来た。他の職員や学生が来たのはいずれも8時15分以降。つまり犯行時刻に校内にいたのは俺を除けばこの三人だけ…。この中に犯人がいるのか?
「防犯カメラがあればね…」
 事務長が呟く。確かにこの学校には防犯カメラは設置されていないし夜間のガードマンもいない。しかしそれはその必要がないからだ。
 学生証・職員証はicカードだ。今誰がどこにいるかは校内gpsで完全に把握できるし、タイムカードセンサーで何時に学校に来て帰ったかも記録されている。
 じゃあカードを持たない部外者はどうなるんだと言われそうだが、その点も抜かりはない。4階・5階はスタッフフロア。エレベーターホールから廊下に進むには重たい鉄扉が立ちふさがっている。この鉄扉を開けるには学生証か職員証をセンサーにかざす必要がある。つまりそれを持たない部外者ではどの部屋にも辿り着けないのだ。だから昨日も俺がエレベーターホールまで峰岸を迎えに行った。
 どうだ?完璧な防犯システムのはずだ。
 …それなのに銅像は消えた。一体どうなってるんだ?
「事務長…」
 俺は静かに口を開く。
「俺が必ず真相を解き明かします、戦略部長の名にかけて」
「高遠さん…」
「ですから必要な人間に事情聴取することを許可してください。特に今朝銅像が消えた時間に校内にいた職員の日渡ロミ、学生の織田咲枝、そしてシステム業者の峰岸健太の三名に」
 事務長は数秒考え、俺の瞳を見つめたままゆっくり頷いた。

TO BE CONTINUED.

(文:福場将太)

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