コラム

コラム2014年11月「秋の夜長に心の名作(11) ビギナー」

 自分の好きな作品、それは心を元気にしてくれる常備薬。今秋最後にご紹介するのは見るとまた勉強したくなる、学ぶことの楽しみを思い出させてくれるドラマ「ビギナー」です。

■ストーリー
 平凡なOLであった楓由子はあるきっかけから弁護士を志し猛勉強、司法試験に奇跡の合格を果たす。そして始まる研修所での生活、最初の課題でさっそくしくじってしまった彼女だがそのことで同じく教官からアホ扱いされた7人の同級生と知り合う。世代も育った環境もまるで違う8人はいつしか仲間となり、課題や実務修習に共に取り組むようになる。彼らはまだ弁護士でも検察官でも裁判官でもないビギナー。そんな司法修習生の日常を描いた青春群像激!

■福場的解説
 何をおいても本作一番の特徴は最初から最後までひたすら「勉強」だということ。もちろん恋愛などの要素が皆無なわけではありませんが基本はとにかく勉強、大部分が講義や実務修習のシーンです。主人公の楓由子は法学部出身ではなく働きながら独学で司法試験に挑んだ変り種、そのため法律を学ぶ者なら当然知っている事例や当たり前の考え方を持っていません。しかしその分彼女は他の誰も気付かなかった点に着目し、書類には名前も出てこない片隅の人間の痛みを感じることができる。まさにベテランには見えないものが見えるわけです。彼女以外の7人もとても魅力的で、元不良少年・元官僚・元サラリーマン・元暴力団の内縁の妻もいればストレートで司法試験に合格した女性・合格に18年も費やした男性・もう一度社会に出たくて受験した専業主婦までいます。彼らは動機はそれぞれながらみんな猛勉強して司法試験を突破した仲間、研修所を卒業した先には法律家としての未来が待っている。エリートだガリ勉だと勉強する者を揶揄する風潮もある世の中、勉強して資格を取ってその仕事がしたいと頑張る姿を描いた本作はとても新鮮です。どうしても「夢を追う」というと学校をやめてカバンひとつで上京するような姿がイメージされますが、一生懸命勉強することだってとても立派な夢追いなんですよね。周囲に流されたくないとか愛さえあればいいとか言って努力することから逃げている若者にはぜひ伝えたい、勉強しようと。学問は人類が積み上げた知識の財産、学歴ではなく学問は必ず人生と心を豊かにしてくれる。何歳になっても勉強をすることは絶対に損ではない。そんなことを感じさせてくれる作品です。
 本作ではドラマにありがちな主人公たちを巻き込む大事件なども起こりません。描かれるのはひたすら日常の風景。放課後8人で机を囲み、課題や実際に出会った事例に対し法的な解釈を議論するシーンにこそ、このドラマの本質があります。8人それぞれ人生観も金銭感覚も異なる。同じ事例を見ても人によって捉え方や注目する痛みが全く違う。それでも話し合ってひとつの結論を出さなくてはいけない…というのは僕たちの仕事でも大いに共感できるところ。心の医療では患者さんの言動を見てそれをアセスメント(解釈)しなくてはいけないのですが、これがスタッフによって本当に違うんです。同じ患者さんを見ているのにある人は自分と眞逆の見解を言ったりする。そんな考え方もあるのか、と驚かされることも多いです。まあこれが心の医療の興味深いところでもあり難しいところでもあるわけです。本作でも議論をしているうちについ感情がぶつかり合って喧嘩になってしまう場面もあります。それでもそこを乗り越えられた時、事例だけではなくお互いに対しても理解が深まる…それこそが議論することの醍醐味ですね。わかり合えなくてもわかり合おうとすることから逃げてはいけない、これも本作のメッセージのひとつです。
 コメディタッチの明るい雰囲気の中、法律と言うものの考え方をわかりやすく教えてくれるのももちろん本作の魅力。医学の他にもうひとつ何かを学ぶとしたら、法律を勉強したいなあなんて思わされてしまいます。勉強を頑張ることに疲れた方、仕事に追われ勉強というものから遠ざかっている方、ぜひ本作をお楽しみください。そして、勉強しましょう!

■好きなエピソード
 飲み屋街で男2人が殴り合いの喧嘩になった。たまたま通りかかった女がその喧嘩をはやし立て、男が喧嘩をやめようとしても「やめんなよ、男だろ!」と声援を贈った。結局男の1人は大怪我をしてしまい、女も教唆犯の疑いで警察に取り調べられることに…。

 第6話です。とある縁でこの事例を考えることになった8人。最初はどう見ても女に非がある状況なんですが意外や意外、当事者たちの事情や内面に考えを巡らせていくことで全く違う解釈が生まれてくる。ひとつの出来事でもその見方は色々あるんだなあと感心させられました。決め付けてはいけないけど決めなくてはいけない…司法の世界でも心の医療でもそれは同じ。だからこそ一人ではなくみんなで話し合って結論を出すことが大切なのでしょう。

■福場への影響
 実はこのドラマ、ちょうど学生時代の病院実習の年に放映されていました。教えてくれたのも一緒に病院を回っていた班員です。遠征先の病院の宿舎で班員6人で一緒に見たのはよい思い出。まだビギナーですらなかったあの頃、学生ロビーで症例に対してああだこうだと議論したり、どう考えても頭に入るわけない量の教科書を積み上げて試験勉強したり…医学部のあり方については今でも反感の大きい僕ですが、それでもあの時代がちょっと愛しく感じたりする今日この頃です。

■好きなセリフ
「君が人をそう簡単に信じられないというのは、君の中に人を信じたいという気持ちがあるからだろう」
 野崎教官

 そんなわけで今年はまた音楽をやりたくなる漫画、また働きたくなるドラマ、また学びたくなるドラマをご紹介しました。夢も仕事も勉強も…どれも大切ですね。さて来年は2015年、やっとあの名作を紹介する時がくるので今からワクワクしてます!

(文:福場将太)

前のコラム | 一覧に戻る | 次のコラム