旧美唄病院コラム

2009年7月『さらば、愛しきボイラーマン』

 昨月、1人の男がこの病院を去った。彼は、30年以上もの長きにわたり、この病院のボイラーと除雪を担当していた。正直なところ、実際にボイラー業務や除雪作業をやっているところをお見かけしたことはほとんどない。しかし、真冬に病院が暖かかったのも、職員や患者さん、家族がこの雪深い病院に安全にたどり着けたのも、実はすべてこの人のおかげだったのである。
 ボイラー室では暑さと戦い、屋外では寒さと戦い……なんとたくましい。僕も北海道に来て初めてわかったのだが、美唄のような豪雪の地でボイラーと除雪を担当するということは、ある意味で病院にいる患者さん、働いている職員みんなを守ってくれていたということだ。それも30年以上も前、「美唄希望ヶ丘病院」が始まったばかりの頃からだというのだから、本当にそれはもう何というか……すごいの一言に尽きる。
 ひとつの仕事を全うすること、ひとつの職場を貫くこと……その大変さ、偉大さにはただただ脱帽するばかりである。成し遂げられた今、何をお感じになられているかは僕なんかでは想像もつかないが、1人の男の生き様として何とかっこいいんだろう……柄にもなくそう思ってしまう。

イメージ 退職の日に催された宴の席で、彼はこう挨拶した。
「30年以上事故もなくボイラーを運転できたのはみなさんのおかげです。今日で退職致しますが、僕は満足です」
 男の満足、男の引き際の意味……いつか自分にもわかる日が来るのだろうか。

 退職の日、病院のロビーに集まった各部署の職員たちに、彼は言った。
「この病院がこれからも続くように祈ってます。頑張ってください」
 いつも当たり前のように通っている職場、当たり前のように立っている病院……しかしそれがそこにあるのは、その時代時代の功労者がいてくれたおかげなのだ。誰もが永遠にそこにいるわけではない。それでもまるでバトンを渡すように、業務と責任を受け継ぎながらこの病院は走り続けているのだ。ボイラー室にも若き後継者が誕生した。つい先日排水ポンプが不調をきたした時も、その後継者は手動で排水を行い、ボイラーを動かして難をしのいだ。
 どうやら、ちゃんと受け継がれているようですよ……あなたの情熱も。

 あなたが守ってくれた場所がいつまでもちゃんとそこにあるように、残された者たちはこれからも頑張っていきます! どうかご安心して、末永くお元気でいて下さい。僕たちがたるんでいたら、またひょっこりやって来て、喝を入れて下さいね。
 さらば、愛しきボイラーマン。
 何はともあれ長い間本当にお疲れ様でした。お見事でした!

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