コラム

2022年09月「たまには町のお医者さん気分」

 病院にも色々ある。都会の大学病院のように高度な設備と最新鋭の技術で数万人に一人の難病に対応する病院もあれば、地域に根差して日常の中で生じるありふれた病気に対応する病院もある。美唄すずらんクリニックは後者であり、ここは町の診療所、僕は特別な肩書きのない町医者である。
 ただ本人はそのつもりでも、精神科医に対して町医者の認識を持ってくれている人は少ない気がする。漫画やテレビドラマでも大抵町医者として登場するのは内科医や外科医で、「風邪を引いたからちょっと診てもらってくる」とか「うちの子が怪我したから先生またお願いします」とか、近所のお医者さんというとやっぱりそんなイメージだ。「気持ちが落ち込むからちょっとお願いします」と気軽に精神科医を訪ねる人は少ない。
 徐々に緩和されつつあるとはいえ、心の医療というのはまだそれだけ敷居が高く、身近なものにはなっていないというのが日本の現状なのだろう。特に美唄はかつて町から離れた山奥に精神病院があり、閉鎖的・管理的な医療を展開していた歴史がある。お隣さんに内科の先生が住んでいたら安心だが、精神科医が住んでいたらなんだか怖いという人もいるかもしれない。必ずお薬を処方するわけでもなく、注射をするわけでもなく、ただ患者さんと話をしているだけの医者というのは確かに得体が知れない。心の医者が謎めいて見えるのも仕方ないのかもしれない。

 そんなわけで普段はどこか異端の存在の精神科医だが、このコロナ情勢においては内科や外科の先生と同様に町医者としての役割が与えられている。その一つがワクチン接種だ。
 いつも通っている患者さんはもちろん、それ以外の人たちもたくさんワクチン接種にやってくる。問診票をチェックして、体調を伺って、看護師さんや事務員さんと連携しながら訪れる人たちにどんどん注射を行なっていく。待合室には注射の順番を待つ人たち。自分が子供の頃にもこうやって予防接種を受けたなあなんて思い出したりもする。そしてようやく、ちょっとだけ町医者の気分になれたりもする。コロナウイルス自体はさっさと終息してほしいが、たまにはこんな仕事もいいなと思ったりする。

 もちろん医者や警察には用事がないのが一番。精神科医にお世話にならずにすむのならそれにこしたことはない。ただ心の医者でも医者の端くれ、この町の人たちの健康に貢献できるのならやれることはやりたいと思っている。

(文:福場将太)

前のコラム | 一覧に戻る | 次のコラム