コラム

2020年06月「命か、心か」

 精神科医療において、患者さんの命と心、どちらを優先するかというのは永遠のテーマである。命がなければ心もない、そりゃ当然命でしょうと多くの人が思うだろう。もちろん究極的な二択では命を選ぶのは間違いないが、日常診療においてはそう簡単ではない。
 安全を守る、事故を予防する、という意識が働き過ぎると、回復のために必要な患者の挑戦のチャンスまで潰しかねないのだ。これは特に医師や看護師といった医療職に見られる傾向で、命を守るという名目で過剰な制限をしてしまいがちである。一方患者の社会面を重視する精神保健福祉士らは、生活者としての患者を大切にしてくれる。就労・退院・一人暮らし…多少のリスクは承知で患者の願いを叶えるための支援を彼らは行なう。
 医療の視点と福祉の視点、このバランスが大切であり、近年自分も安全を守ることだけに突き進み過ぎた結果見失ってきたものが多くあると感じ、「転ばぬ先の杖」より「七転び八起き」を意識して患者の支援に当たってきた。

 しかし今回の新型コロナウイルス感染拡大で、またも価値観が揺るがされた。オリンピック、甲子園、インターハイ…多くの人の人生にとって大切なチャンスを中止しても今は命を守らなければならないのだ。当クリニックもデイケアや集団プログラム中止の措置を講じたが、通常であれば患者さんの心を支える治療を止めるというのは考えられない。でもそこまでしなければ命が脅かされる事態もあるのだと学んだ。

 緊急事態宣言解除、とはいえまだまだ予断を許さぬ状況。命を守りながら心も守る、その手法を改めて模索していかねばならない局面に来ている。

(文:福場将太)

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