コラム

2019年6月「ファントム・メナス」

ファントム・メナス

 僕は町医者だ。大学で研究をしているわけではない。だから精神医学の中でも特にこれが専門ですと言える分野はないのだが、興味と経験で考えると依存症が一番それに当たる。

 依存症、一言で言うなら「ちょうどよく頼ることができなくなった病気」。お酒もギャンブルもテレビゲームもそれ自体悪い物ではない。適度に楽しめれば人生を豊かにしてくれる。しかしこの『適度に』ができなくなってしまったのが依存症。脳のブレーキが壊れてしまったと表現すればわかりやすいだろうか。もはや楽しみではなく苦しみになっているにも関わらずやめることができない、その結果人生を破壊されてしまうのが依存症という難病なのだ。

 思えば精神科医になって最初に担当した患者さんが依存症だったのが始まりであり、そこから徐々にこの人間らしい病に惹かれていき久里浜アルコール症センターへ研修に行ったり、勉強会や講演会へ足を運んだりするようになった。そして今は美唄すずらんクリニックと江別すずらん病院で依存症回復プログラムのミーティングを担当させてもらっている。毎週患者さんとスタッフと机を囲みながら、なんと奥深い病気であろうかと思い知らされているところだ。

 今年に入ってもう三度も依存症の講演をする機会に恵まれた。一つ目は3月にクリニックが主催した美唄の市民向け講演会。二つ目は毎年行なわれている『江別すずらん病院 春の健康相談』の中でのミニ講演会。三つ目は近隣の学校での学生向けの講演会。
 内容はいずれも依存症とはどんな病気なのかという基礎知識、そして治療法よりも予防法に重点を置いてお話をした。というのもこの難病には何よりもならないことが一番だからだ。もちろん既に依存症になってしまった患者さんは克服のために一緒に頑張っていかねばならない。ただまだなっていない人、なりかけの人には適切な予防でぜひならないようにすることをお薦めしたい。なってから克服するよりならないように予防する方が圧倒的に利益が大きく労力も要さないからだ。

 特に今若者たちを中心にスマートフォンへの依存の問題が広がっている。まだスマートフォン依存症という正式な病名は登録されていない。だからといってその症状に苦しんでいる人がいないわけではない。依存症の病名というものはたくさんの人がそのせいで健康や生活を害した時に登録される。つまり登録された時にはもう手遅れ、それだけ蔓延してしまっているということなのだ。
 すでにスマートフォンの健康への影響が深刻であることを現場の医療者は実感している。その脅威は確実に忍び寄っているのだ。今年に入って依存症講演会のニーズが増えたのもけして偶然ではない。

 だから今が大切。十年後に治療法の講演会をするよりも今予防法の講演会をする方が絶対に意味がある。少し知識を持って少し工夫をするだけで依存症のリスクを大きく軽減できるのだから。
 予防医学も立派な医学、すなわちこれも精神科医の仕事。少しでもわかりやすく、伝えたいことが伝わるお話ができるように講演技法ももっと練習していきたい。

(文:福場将太 写真:カヤコレ)

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