コラム

2015年02月「いとしのマイホーム ~後編in北海道~」

 学生時代は東京で、そして現在は北海道で私は一人暮らしをしている。カルテの生活欄だったら独居とか単身生活と書かれる状況だ。先月は実家で家族や親戚の有難味を十二分に感じた私だが、やっぱり基本的には一人暮らしが心地よい。おそらくこれは生理的なものなのだろう。あるいはそれに慣れすぎてしまったというのが本当かもしれないが。

 改めて考えると、普段あまり意識しないが一人暮らしには自分だけのルールや感覚がかなり多く存在していることに気付く。例えば夜寝ていて隣室からのパチンという物音を感じることがある。しかし長年この家に暮らしている私にとっては、半分寝ぼけながらもその音の正体がわかる…タオルをかけているフックの吸盤が外れて床に落ちたのだと。そして翌朝顔を洗う時、当たり前のように落ちているタオルに手を伸ばすことができるのだ。
 また夜トイレに起きてソファにぶつかった時にチャリンという音を聞けば、ああソファの後ろに鍵が落ちたから明日出かける時に拾っていかなくちゃなと自動的に脳に記憶される。その時はそこまで考えないが翌朝私は当然のようにそこから鍵を取って出かける。
 …とまあこんな具合だ。別に特殊技能でもなんでもない。一人暮らしを長年している人には、この家と一体化した不思議な自動機構を共感して頂けるだろう。逆にこのルールが乱されると一気に調子が狂う。前に母親が来た時に「シャンプーが残り少なかったから詰め替え用を入れて足しておいたよ」と言われた。有難い話ではあるが、実はその容器は確かにシャンプーだったが中身はボディソープだったのである。だからシャンプーを足してしまっては台無し。「どうしてシャンプーの容器にボディソープ?」と訊かれても困る。一人暮らしには諸事情によるこんな独自ルールがいくつも存在しているのだから。玄関にポン酢が置いてあってもトイレの収納に工具が入れてあっても枕元にウルトラマン人形が置いてあっても、それが我が家の当たり前なのだ。
 ともあれ家事や整理整頓が苦痛でない人間にとって一人暮らしは本当に楽しい。インテリアも物の配置もBGMも全て自分の好みにできる。休日ならば時計の針にだって支配される必要もない。床でそのまま寝ていても誰にも文句は言われないのだ。
 しかし時として一人暮らしには思わぬ落とし穴がある。今回は私が巻き込まれ、自ら解決に導いた事件簿を紹介しよう。

 東京の家である日私はトイレに閉じ込められた。いつものようにトイレに入った時、廊下に立てかけておいた折りたたみ机がトイレ側に倒れ込みつっかえ棒になってしまったのだ。もちろん内側からその光景は見えないが、先ほども説明した独特の感覚により何が起こったかはすぐにわかった。ちょうどドアノブの下につっかかったようで、押しても叩いてもビクともしない。
 イメージしてみてほしい。こんな時あなたならどうする?
 私はとにかく冷静に考えた。手元に電話はないから助けは呼べない。じゃあ誰かが助けに来るのを待つか?トイレなので水はあるからしばらくは生きられる。漫画も積んであるから暇も潰せる。しかししばらくここで暮らしたところで誰かが助けにくる可能性はかなり低い。当時は大学生ではなく浪人中、予備校を休んだからといって誰も訪ねてはくれない。友人が玄関ドアの前まで来てくれれば大声を出して助けを求められるがそれもない。というのも入り口にオートロックがあるマンションだったので、たとえ友人が遊びに来たとしてもインターホンに私が出なければ帰ってしまうからだ。オートロックをくぐり抜けて部屋の前まで来てくれるのは当分先になってしまう。そして家族は広島…。
 どうやら自力で脱出するしかなさそうだ。トイレの窓は小さいし開けても隣のビルの壁がすぐそこにあるだけ。となるとやはり入り口のドアをなんとかするしかない。しかしどうやって?ちなみにこの時、居間のテレビからは金田一少年が密室殺人のトリックを暴いている声が聞こえていたのでますます妙な気分だったことを憶えている。結局私が目をつけたのはドアの下部にある通気口…小さなブラインドのようになっているあれだ。ドア自体は木製のため破れないがプラスチックのここなら…。一人暮らし独特のルールでトイレに色々な小物が置いてあったのも幸いした。できるだけ硬い物を選んでガンガンと殴りなんとか通気口を破壊、その穴から腕を入れてつっかえている机を押し戻す…しかし手が届かない。そこで漫画雑誌を丸めて棒を作りそれを握ってリトライ。結果は大成功、つっかえていた机は外れ私は密室からの脱出を果たしたのである。この時の爽快感はとても言葉では表現できない。

 実はこの事件を思い出したのは先日北海道の家でも同じようなことが起こったからである。今度は玄関と居間を繋ぐドアが突然開かなくなってしまった。いつものように閉めておいた扉が、凍りついたようにうんともすんとも言わなくなったのだ。まあ私は居間側にいたので冷蔵庫もトイレもあって暮らすのに問題はない。窓もあるから家の外にも出られる。しかし問題は仕事用のカバンが玄関に置いてあるということだ。これでは明日仕事に支障が出る。鍵を持って窓から出て外から玄関ドアを開ければいいとも思ったが、防犯用の掛け金も下ろしていたからそれは内側からしか空けられない。この方法も無理だ。
 私は再び考えた。そもそもどうして居間のドアが急に開かなくなったのか?スムーズに開閉できていた扉だ。突然立て付けが悪くなるとも思えない。ドアノブもスムーズに回っている…。やがてひとつの仮説に辿り付く。私は居間でストーブをつけてしかも鍋をやっていた。室温はかなり高くストーブはドア付近、そしてドアは木製だ。凍りついたのではなくその逆…ドアが膨張しはまり込んでしまったのではないか?
 私は家中の窓を開け冷気を取り入れた。するとどうだろう、30分ほどでドアはあっけなく開いたのである。この時の爽快感は…(以下同文)。

 そんなこんなで一人暮らしでは時として事件解決のための知恵さえ試されてしまう。まあどれも同居人がいれば事件でもなんでもない話なのではあるが。こんなことに一人奮闘しなければならない時、私はつい思ってしまう。
 ああ、一人暮らしって素晴しい。

いとしのマイホーム ~後編in北海道~

(文:福場将太 写真:カヤコレ)

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