コラム

2014年05月「若者よ、謙虚になれ」

 5月になりました。先月新社会人になって、歓迎コンパがあって、右も左もわからずどうにかこうにか1ヶ月過ぎた…という方も多いでしょう。まあ仕事に慣れるには時間がかかりますから焦ることはありません。それに「仕事に慣れは禁物」なんて昔から言いますしね。医療の世界もまさに慣れは禁物で、確かに経験を積めば積むほど技術や度胸は上がるんだけど、その分畏怖や慎重さは失われがち。初めて処方箋を書いた時、本当に間違いないかを何度も何度も確認したあの気持ちを忘れてはいけないと思います。そしてもう1つ忘れてはいけないもの…それが謙虚さです。今回は自戒の意味を込めてそんな話をして見ましょう。

 勇敢さと同じくらい大切なもの、それが謙虚さだと思います。若者というのは確かに先人たちが学んだものより進んだ最新の教育を受けて入職します。そして先人たちの仕事のやり方に対して「古臭い時代遅れ」「自分ならもっとうまくやれる」なんてつい思ってしまったりするものです。もちろんそんな野心や自信だって若者の武器なののですが、そこに謙虚さがなければただの思い上がった自惚れになってしまいます。特に若くして役職や肩書きを与えられたりすると自惚れのリスクは高く、医者なんてまさにその典型ではないでしょうか。
 最初は戸惑いました。看護師のおばさんも製薬会社のおじさんも下手すりゃ自分の親より年上、そんな人生の大先輩たちが自分のような若僧に敬語を使ってくれるのですから。有難いを通り越して恐縮していました。しかしここでも慣れとは恐ろしいもので、次第に敬語を使われるのが当たり前になっていき、いつしかそんな大先輩たちに偉そうな態度をとっている自分がいました。それに気がついた時ほど自己嫌悪に陥ったことはありません。もちろん自信を持って最終決定するのが医師の仕事ですから、あんまりペコペコしていてもチームはまとまりません。しかし行き過ぎた態度はやはり傲慢、むしろチームを壊してしまいます。本当の大物とは自信と謙虚、厳しさと優しさ、強さと弱さを上手に併せ持った存在…まだまだ遠く及ばずです。

 そんなわけで大切な謙虚さなのですが、やはり人間は環境の生き物ですから、新人がそれを忘れずに成長するためには先人がちゃんと相応しい環境を与えてあげられるかが重要です。植物だって自尊心だって、枠組みがなければ好き放題育ってしまう。長所を伸ばして短所を枯らすには、適切な環境が必要なのです。
 うちの職場のとある課長が言っていました、「最初の職場が全ての基準になる」と。これはまさにその通りだと思います。人間というのは最初の印象を強く記憶しているもの、みなさんも思い浮かべてみてください。大好きな映画がリメイクされた時、どれだけ評価されていても自分はやっぱりオリジナルの方がよいと感じてしまう。大好きな曲が実はカバー作品だと後から知って、オリジナルを聴いてみたけどやっぱり自分はカバーの方が好き。…こんなことってありますよね?もし出会う順番が逆だったら、印象は正反対だったかもしれません。それほど最初の印象とは強烈なのです。
 ですから、新社会人にとっても最初の職場はこれから先ずっと比較基準になるのです。もしそれが甘すぎる環境であれば、その人は「お金を稼ぐなんて簡単だな。仕事なんてこれくらいの力加減でいいんだ」と憶えてしまうでしょう。そして次の職場に行った時、「なんて忙しい仕事だ。ここは環境がおかしい!」と勝手な不適応を起こして去ってしまうのです。逆に最初の環境が厳しいものであれば、「お金を稼ぐってのは本当に大変だ。仕事は真剣にやらなくちゃいけないんだ」と憶えます。するとこれから先どこに行っても「なんのこれしき」と苦難を乗り越えていけるでしょう。
 そんなわけで最初の職場・最初の上司は責任重大なのです。もちろん厳しすぎては長所まで摘み取ってしまうから、その力加減は本当に難しいですが。

 そんなわけで若者諸君、野心も自信もおおいに結構。ただし必ず謙虚と自戒を併せ持て。国家資格があろうが役職があろうが、それだけで自分が人より偉いと思うな。偉いかどうかは周囲が決めてくれること。肩書きが立派なわけではなく、重要なのはその肩書きを持った自分が立派かどうか。誰かを否定したって自分を照明したことにはならない。仕事を選ばず、損得を考えず、まずは与えられた責務に全力を尽くして頂きたい。自分の好きな仕事を好きなようにできるなんて…それはまだ遠い未来のお楽しみです。  まあ嘆きなさんな、嫌でも先輩になる順番は巡ってくるんだから。それに今だって捨てたもんじゃないぞ。技術ではベテランに敵わなくても、ビギナーの時にしか見えないものがある。感じられないこと、気付けないことがある。一番大切なのは、それを忘れないでいることです。将来価値ある年代物になるために、コルクを抜くその日まで気持ちをしっかり寝かしてください。

 …なんて、偉そうなことを書いてますね。10年後にこれを読み返した時、ちゃんと共感できる心の持ち主でありたいものです。

若者よ、謙虚になれ

(文:福場将太 写真出典:カヤコレ)

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