コラム

2009年10月『BJ先生御机下』

 突然だが、皆さんはBJをご存知だろうか。医療関係者ならば、一度はその名を耳にしたことがある人も多いだろう。
 BJ……困難な手術を引き受ける代わりに患者に法外な治療費を請求する悪名高き無免許医、ただし腕は超一流。世界中で数々の奇跡を起こす、もぐりの天才外科医だ。しかし彼自身も決して完全ではなく、時には生命の摂理の前に打ちのめされ、葛藤や苦悩の中で負の感情にとらわれることもある。それでもまたメスを握り切り続ける……それがBJだ。
 残念ながら、彼は実在の人物ではない。今から35年以上も前に漫画の神様が生み出した異色のヒーローだ。しかし、ふとした時に医療の現場でその名は囁かれる。「もしBJがいたら……」「BJだったらどうするだろう」「お前はBJか」……。学生時代も友人とBJの扱った症例についてあーだこーだとよく論じ合ったものだが、今になってますます感じる。BJの存在や患者に対する姿勢、命に関する見解は、我々医療者が目をそらしがちな重要なことをいつも突き付けてくれていると。今回はそんなことを考えてみようか。

 医者とは何故医者なのか……BJのことを考えるといつもこの疑問にぶち当たる。医師国家試験に合格し医師免許を取得した者が医者……医者は医師法などに基づき治療を行い医療制度に従って収入を得る……それが世間一般の常識でありルールである。だが、BJの存在はそれを根底から覆している。無免許の身でしかも高額医療。にも関わらず彼は自分を医者と自覚し、医者として行動し、医者として苦悩する。これはどういうことだろうか。

 まずは無免許医であることについて。何故彼が免許を持たないのか、その理由は彼自身の口から明言されていないのであくまで推測するしかないが、1つは彼は医者というものを肩書きや職種ではなく存在としてとらえているからではないだろうか。患者を治せる者が医者、あるいは治そうとする者が医者。だから、患者の治療をしている限り自分は医者であり、そこに法律が定める資格や条件は関係ない……そんな想いがあるのかもしれない。また、彼はしがらみが嫌いなのだとも思う。権威に気を使ったり、法律が定める治療法を守ったり、そんなことのせいで最善の治療が行えなくなることが彼にとっては馬鹿らしいのだろう。法律が全ての患者を救ってくれるわけではない。実際に彼のもとには世界中から患者が訪れる。彼を先生と呼び、その治療を求めてくるのだ。

 BJのもうひとつの特徴、高額医療について。彼は何故とんでもない治療費をふっかけるのか。そこには大きく2つの理由があるように思う。1つは、彼は自分の技術を安売りしない。金額に見合うだけの仕事はしているというプライドがあるのだ。彼は言う。「私は自分の命をかけて患者を治している。それで治れば、1千万が1億でもけっして高くはない」と。もう1つの理由は、彼は患者の本気を求めているのだと思われる。自分が命をかけて治そうとするように、患者にも命がけで治したいという覚悟を求めているのではないか。「一生かけても必ず手術代は払います、だから助けてください」……彼はそんな言葉を待っている……全てを捨てても生きたいという気持ちを待っているのだ。金額は患者の覚悟と誠意をはかるための物差しなのだろう。ある女性の手術を行った時、彼女が玉の輿で大金持ちになった時はどんな大金も彼は受け取らず、彼女が無一文の状況で何とか工面したはした金は受け取った。「十分です」と。

 昨今、現実の医療現場では様々な問題が起こっている。出世争いや芸能活動が本業よりも忙しくなってしまう医者がいる。立場を利用した犯罪を犯す医者がいる。収益のために行っていない治療を行ったと請求したり、必要のない治療や検査を押し売りしたりする医者がいる。また逆に払える治療費を払わない患者がいる。入手した薬を悪用する患者がいる。お金目的で虚偽の申告をする患者がいる。そして、訴訟を意識して腹の内を探り合う医者と患者の姿がある。……そんな報道を目にするたび、この愚かで虚しい現状にとても悲しい気分になる。そして、いずれもBJには無縁な悩みであることを、少しうらやましく思ったりする。

イメージ もちろん現実的には、BJのように病院や組織に一切属さず1人で全ての患者を治すことは無理がある。チーム医療という言葉があるように、たくさんの医療者が協力し合ってこそ治療はなされるものだ。それに、法律のおかげで救われる患者もたくさんいるし、経営のこともしっかり考えなくては病院もつぶれてしまう。
 その意味でBJの姿は、簡単そうに思えてとても難しい医者の1つの理想像なのだと思う。多くの医療者がBJに憧れるのがわかる気がする。

 一番嬉しいのは、患者さんが自分を医者だと認めてくれること、そして自分のした治療に心から感謝してもらえること。BJ先生、あなたはそれをご存知なのですね。いつか一緒にお仕事する機会があればと思います。

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